2009年5月16日 (土)

金融危機の胃潰瘍痕

今週胃カメラを受けた

胃潰瘍痕があるとのことで細胞を取られた。

ピロリ菌を除菌してから潰瘍は再発してなかったけれど

これは間違いなく今回の金融危機が作ったものだと思った....

一段落した今だから語れる金融危機を総括してみよう。

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11月に急激に坂を下るよう電子材料の景気が落ちこんだ

客先も急激な落ち込みから在庫が過剰となり

12月から1月の当社の売上は70%減になった。

昨年の夏は北京オリンピックの影響もあり

品不足で原料が思うように入らなかったので

長期で契約していた原料の入荷が1月まで有り

原料の在庫は膨れ上がり、支払は資金を圧迫した。

今回の各銀行の対応

:三菱東京UFJ

伊万里の新事業所の建築のつなぎ資金を

1月6千万、3月5千万の計1.1億を3ヶ月以上前に申し込んでいた

(日本政策公庫の融資が5月末に決定していて

銀行の3月決算をまたぐとはいえ、実質5ヶ月足らずの融資)

結局本部の審査が建築業社に支払う2日前まで下りず

しかも前日に新たな担保をつける条件が出された。

また取引先の売掛金を担保に1億借入をしていたが

売上が減少するので返済をせざる終えなくなり

結局8千万円を内入返済した。

それで新規の1億(短期)の借入(差引き実質2千万)を申し込む

前日ギリギリまで本部の審査を待たされたあげく

これも担保を新たにいれることが条件で決済がおりる。

(東京三菱は審査が遅いと他の経営者仲間もこぼしていた)

全くあてにならず、待たされ胃が痛くなった。

1月の時点で急に円高が進み

外国為替のデリバティブの含み損という問題もあったろうが

もともとドルを信用しないと言ってる私に

デリバティブ商品を売り込んだのは三菱東京なのだし

1月時点でも2009年前半に円安に戻すのは

三菱東京UFJ銀行としての予測をしてたのだから

それで評価が下がるのは納得できない。

その後にドル円が100円に戻した時

両建てで保全しようとするも、それは出来ないと言われる。

自身の台所事情があろうとは思うが

今回の東京三菱UFJの対応は良くなかった。

:三井住友

国のセーフティネット融資の情報をいち早くもってきてくれ

手続きのコツから教えてくれた。

子会社ですぐ5千万借りられた。

プロパーの追加融資1億を申し込むも

迅速な審査ですぐ決済がおりた

都市銀行のなかでは中小企業向けに今回は頑張っていた

(みずほも経営者仲間から良い話を聞かなかった)

:商工中金

やはり民営化したとはいえ旧政府系

今回は商工中金に本当に助けられた

支店長みずから3月になると借りにくくなるから

今のうち借りた方が良いと言ってきてくれ年内に1.5億借りた。

セーフティネットの業種追加や個人資産担保で

追加で年明けに1.4億借りた。

(3月から電子材料に市場は急回復して売上も7~8割戻った

在庫も徐々に現金化してキャッシュフローは楽になった)

4月には補正予算がらみの公庫の補償融資で

さらに商工中金から無担保で1億借りた。

預金額を引いた借入額は商工中金が一番になった。

今回、商工中金に助けられた中小企業は多いのではないか。

なんでもかんでも民営化ではなくて

こんな危機にはやはり政府系が必要だとしみじみ思う。

金利の高い安いだけではなくて、

いざという時あてになるかどうかは本当に大事だと思った。

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なんとか危機を脱して生き残った。

胃の調子は今は良い。

むしろ反動で太ってしまった。

4月税務調査も無事終わった。

これから社内のコスト削減をギチギチやって。

少しでも利益がでれば今年は満足だ。

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2009年2月25日 (水)

1ドル97円回復

1ドルが97円に戻った

日本のGDPが二桁の大幅悪化や

日本の政局の不安を受けて

リスク回避として買われていた円が売られ

暫定的に基軸通貨としてのドルが買われているようだ。

この3ヶ月為替は極端な円高に放置され

多くの輸出企業は傷ついた。

日本政府は全く無策だった。

介入しても効果が見込めないとしても。

ジェスチャーや円高懸念の発表をしてもよかったと思う。

(中川大臣の失態が結果的に円安に誘導したとも言えるが)

今のドルもあくまで暫定的に買われているだけで。

実際ドルは基軸通貨としては瀕死の状態で

そんなに長くはもたないだろう。

ドル暴落後のカオスのようなマーケットで

脆弱な通貨はもてあそばれるだけだ。

円は果たしてその時どうなるのだろう。

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2009年1月30日 (金)

1月18日-21日 バンコク

バンコクへ

前回11月に訪タイした際は

タイの景気は落ち込んでいないという話で安心していたが

11月終わりから12月に急激に落ち込んだようだ。

現在ほとんどの製造業が金曜日休みか

月の1週間を休みにして

給与の25%をカットして操業している。

(法律で25%のカットは認められているそうだ)

結局景気の良い地域はないということだ。

イギリスのような金融で稼いでいた国の通貨が

暴落するのは納得できても

中国やインドネシアやタイのような

これから国民の生活が豊かになっていくはずの国の

製造業がこんなにダメージを受けるのに理不尽さを感じる。

日産がマーチの生産を日本からタイに移管するそうだ。

円高を1ドル90円の水準で放置すれば

企業は嫌が応でも

こうした動きを始めるだろう。

失業者が増えるなかでの空洞化。

日本はどうなってしまうのだろう。

冷静に見れば為替レートさえ戻れば

多くの問題が解決すると思う。

アジア通貨危機の時

マハティール首相はマレーシア・リンギットを

ドルに対して固定化した。

これは色々批判を浴びたが

結果的にはマレーシアを守ったと思う。

現在円がこんなに上がっているのも

リスクを回避した投機資金が

相対的に安全な円を買っているだけでしょう。

為替だけでも何らかの規制をかけて

早急に1ドル100円の水準まで戻さなければ

日本は取り返しのつかないことになると思う。

大企業が何千億円の赤字予測をマスコミに出しているのは

そうした警告でしょう。

分かっている官僚はいるはずだ。

あとはリーダーシップを取れる政治家がいるかどうかなんだが。

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2009年1月12日 (月)

世界金融危機

明けましておめでとうございます

あまりの景気の異常な悪化に

ブログの更新をする気もおきませんでしたが

ようやく怒りの感情が出てきましたので書くことにします。

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今回の発端は米国のサブプライムローン

であることは間違いない。

そしてリーマン・ブラザーズが破綻し

米国で行われていた証券金融システムがゆらいだ。

ここで思い起こしたいのは

ゴルドマン・サックスはサブプライム証券を

逆張り(空売して下落を待つ)して利益を上げていたことだ。

(ポールソン米財務長官は元ゴールドマン・サックスCEO)

逆張りまでしていなくても

サブプライム証券というババを世界中に販売して

キャッシュを手にした連中はいるわけで

そのキャッシュはどこに行ってしまったんでしょう?

マネーゲームの投機は

相場が動かなければ儲からない。

ましてやどっちに動くかをコントロール出来れば

巨額の利益を得られるはずだ。

米国の住宅も価格が上がりっぱしではないことは

わかっていた連中はいるはずで、

原油の価格も上がりっぱなしでないことは

わかっていた連中はいるはずだ。

(あるいは仕掛けた)

今為替がこんな極端に急激に動くのも

実態取引ではなく投機マネーの流入でしょう。

なんかバカみたいだ。

実態経済でまじめに物作りをしているのが

アホらしくなる。

そんな相場に一喜一憂して踊らされるのは本当にイヤだ。

1ドル90円のレートでは

日本の輸出企業はやっていけないのは明白なのに

日本政府はなぜ介入できないのか?

キャシュを持っている投機マネーは

今また下がった資源を先物で買っているのではないか?

イスラエルが強行に戦争しているのも

下がりすぎた原油を上げるため

後ろで糸を引いている連中がいると見るのは考えすぎなのか?

今回世界中の経済をこんな混乱させて

まじめに物作りをしていた労働者から

職を奪い、生活を困窮させて

キャッシュを手にした連中は良心の呵責は無いのか?

やりすぎたとは思っていないのか?

絶対に許せない。

世界の政治の指導者には投機マネーの

徹底的な規制を望みたい。

でもなんか無理な気もする。

結局キャッシュを持ってる連中が

政治にも影響力があるはずだから。

ドルが暴落し

世界が多極化し

多極化して脆弱になったマーケットを

投機マネーがもてあそび

だれも資本主義を信じなくなったところから

新たなシステムが生まれてくるのだろう。

それは自国を投機マネーから守る

閉鎖的なマーケットかもしれない。

でもどんな状況でも

売れる商品を作ることが出来るインフラは

価値があるものだと信じている。

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20年12月

12月1日-5日 インドネシア

ルピアは円に対して

85が130へと1.5倍下落した

アジア通貨危機以来の変動だ

インドネシア国民の購買意欲はあるものの

金融危機の影響でバイクのローンが

組めなくなってしまっている。

円やドルで材料を購入して

ルピア建てで販売している現地法人は深刻で

巨額の赤字を垂れ流している状態。

ルピアのレートは3ヶ月間の平均で出されるそうで

3ヵ月後でなければ見直されず

その3ヶ月間の赤字は

ルピアのレートが戻らなければ取り戻せない。

前回のアジア通貨危機も

35くらいだったルピアは

インフレの進行もあり戻ることはなかった。

前回のアジア通貨危機でも感じたが

国の実態経済と関係無く起こる

急激な為替レートの変動で

その国の経済が傷つくのは

本当に理不尽で怒りを感じる。

12月9日-10日 佐賀

伊万里の事業所の地鎮祭

こんな金融危機の時代

我々は地に足をつけて地道に

日本の製造業をサポートすると誓った

12月16日-20日 中国

ここ5年開発を続けた商品も

想定外の価格の上昇はあったが

品質的には完成をみることができた

今後不景気の中で原材料が下がれば

あらたに価格を見直して戦略的な価格で

世界に販売していこいうと思う。

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2008年11月27日 (木)

11月19日-23日 佐賀-長崎-佐賀

韓国の顧客の工場訪問で佐賀へ

翌日、某財団法人の全国大会で長崎へ

約4000人の若手経営者が全国から

長崎に集まり夜の町は大変なことになる

大会終了後、地元のメンバーと佐賀へ戻ってきて

工場見学後、嬉野温泉泊

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2008年11月18日 (火)

11月13日-14日 佐賀

伊万里の新事業所の融資をお願いしている

日本政策金融公庫(旧中小企業金融公庫)が

佐賀の工場を訪問

工場を見学して、伊万里の事業に関して説明する。

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2008年11月12日 (水)

セーフティネット保証制度

今回のサブプライム金融危機の

中小企業対策として

セーフティネット保証性制度がはじまった

http://www.chusho.meti.go.jp/kinyu/sefu_net_gaiyou.htm

信用保証協会の従来の8千万円の無担保枠に加えて

もう+8千万円の無担保枠を増やすというもの。

日本バブル崩壊のときも安定化融資と称して

無担保5千万の枠ができたが、

これはほとんど無審査に近かったため

詐欺まがいの焦げ付きが多発したようだ。

その教訓もあってか

今回は審査の条件が厳しくなっている。

当社は5号の業況の悪化している企業で申し込んだが

業種が細かく規定されていて

該当業種でないということで受理されなかった。

そこで子会社の製造会社で申込み

さらに売上総利益率の低下という条件で認定をもらった。

業種でしばるというのも

詐欺まがいの業種をはねるということでは

有効かもしれないが

当社のようなマイナーな製品の卸はどこにも該当せず

不平等を感じた。

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2008年11月10日 (月)

11月3日-6日 バンコク

Image165 バンコクへ

事務所のパソコンが壊れたので

久しぶりにパンティープ・プラザに行く。

OS(正規版)をインストールしてもらう間

1時間ほどプラプラしたが

秋葉を一つのビルに詰め込んだ状態は相変わらず

カオスのようなエネルギーも相変わらず。

ジャンクな雰囲気にドキドキした。

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2008年10月28日 (火)

10月20日-24日 インドネシア

ジャカルタへ

リーマン以降為替が大きく動いているので

通貨の見直しをする

インドネシアの販売会社は

円で買ってドル建てやルピア建で売っているものがある

ルピアは円・ドルに対して10%下落している

利益率の低いものに関して値上げを検討する。

こんなに為替が動くと利益がぶれてしまい訳がわからない。

株の空売り規制が前倒しで日本でも行われるようだが

為替の空売り規制もしないとまずいのではないか。

こうした世界恐慌前夜ともいう状況で

インドネシアの国民の消費は全く落ちず

オートバイの販売も好調のようだ。

まあ通貨が5分の1になる通貨危機を乗り越えてきたので

10%くらいの下落はなんてことないのでしょう(ティダ・アパアパ)。

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10月15日-16日 佐賀

設計士のNさんと佐賀へ

伊万里の図面が完成して

建築業社を呼んでの説明会

来月に見積りを提出してもらう

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2008年10月 2日 (木)

9月22日~24日 河南省

Image154 中国河南省へ

この時期河南省の田舎の道路は

収穫したトウモロコシの干場と化す

道幅が半分になってしまい車は走りにくくて

しょうがないわけだが

これも生活のためと認めているようだ。

技術指導している会社を顧問のIさんと訪問

4年技術指導の結果

ようやく目的のものが完成した。

打ち合せの時に価格を1.5倍に上げたいと言ってくる。

お決まりの中国スタイル。

こちらも慣れているので驚かない。

その価格では売れないことを説明して

一緒にコストダウンをしようと提案する。

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2008年9月18日 (木)

9月17日-18日 佐賀

佐賀工場へ

先日の韓国の増産依頼を受けて

佐賀工場で打ち合わせ

人材の確保が問題になりそうだ

正社員として3名募集することに決める

派遣は随時募集しているが

入ったり辞めたり安定しない

当社も高精度の製品を生産しているのだから

そろそろ5Sに取り組もうかという話になる

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2008年9月12日 (金)

9月6日-8日 韓国

羽田から金浦へ

羽田-金浦-虹橋の国際線が繋がって

本当に便利になった。

お昼にソウルに付き

その足で車で亀尾(クミ)に向かう

渋滞で4時間半かかり

夕方に亀尾に着く。

亀尾の顧客訪問

増産を依頼される。

うれしい話なんだが

バブルを何回も体験した経営者は

どうも慎重になりすぎてしまうようだ。

(バブル景気・ITバブル)

出来たものを買うといっているのに

なぜ設備投資してくれないんですか?と言われて

設備投資を決意

来年半ばの設備増強を約束する。

その後会食

ソウルのホテルに帰ったのは夜中。

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2008年9月 7日 (日)

9月2日-3日 佐賀

今週も佐賀工場へ

メインカスタマーの工場見学の訪問

伊万里の計画なども話ができてよかった

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2008年8月28日 (木)

8月26日-27日佐賀

設計事務所のNさんと今月も佐賀に。

伊万里の市役所に行き規制関係の調査。

その後土木事務所と警察で規制の調査をした。

伊万里の計画の話が地元で噂が広がっているようで

色々な業者が鹿島の工場にきているようだ。

27日は東京に帰った足でNさんと

商工中金の会合に参加

深夜まで六本木で飲む。

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2008年8月19日 (火)

8月4日~9日 インドネシア

ジャカルタへ現地法人の半期の決算。

製造会社は値上をしたのもあって黒字に転換した。

解雇した人員の退職金もすべて精算済

結果的に良い方向に向かっている。

販売会社は為替差損が4億ルピアも出て減益。

ルピアが円に対して下落したのが原因

本来ならもっと昨年利益が出ているべきであって

そのしわよせが前半にきている。

昨年解任したDの件は結果的に刑事事件になってしまった。

Dが会社の土地の謄本を返さない件。

本当は警察沙汰にするつもりも無かったが

Dが弁護士を立て退職金を要求してきたので

こちらもやむ終えず弁護士を立てて

警察に被害届けを出し、

私も警察に行き調書を作成した。

来年の2月に商工中金の若手経営者の

研修旅行がジャカルタに決まった。

当社の工場も見学することになると思う。

メンバーでやはりジャカルタに進出しているO氏と会食して打ち合せ。

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2008年7月22日 (火)

7月15日-16日 佐賀

伊万里事業所の設計のために

商工中金の若手の会で知り合った

設計士のNさんと佐賀へ

伊万里の現地を見て

港湾業社と打ちあわせて

設備業社と打ちあわせ

だんだんとイメージもわき具体化してくる

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7月4日-10日 タイ

Image147_2 インドネシアとマレーシアで販売している

タイのメーカーのタイ人営業のNさんが

結婚するというので

インドネシアとマレーシアの販売会社の責任者と

参列することにする。

マレーシアのFとバンコクで合流

タイの事務所の皆さんと会食

インドネシアのGは飛行機遅れで深夜到着

翌日Nさんの結婚式に参列

スライドやムービーが流れ

参列者が歌を歌ったり

楽しい結婚式だった。

バンコクとチェンマイの顧客を訪問して帰国

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2008年7月 1日 (火)

6月23日~28日 中国

23日 鄭州へ

24日 青海省に行ったときに紹介されたメーカーを訪問

女性の社長の民営企業

製造技術は旧式なものだった

中国にはめずらしく

工場もすべて見せてくれ

本音のディスカッションができた

価格は品不足を反映して

あまり安くはなかった

製品の品質は評価することにした

25日 顧問のIさんと合流して

技術指導している工場へ

今日は技術トップのSさんが

上海に出張で不在で

代わりに現場の責任者とディスカッションした

実際に製造をやっている生の意見を聞いて

逆に色々と謎が解けて理解が深まった

Sさん不在がかえってよかったとIさんと話す

この仕事もいよいよ大詰め

26日 鄭州から大連へ

27日 Iさんとこちらも技術指導している

大連の会社と打ち合わせ

こちらは製品は完成しているのに

価格が折り合わない

日本側も利益をオープンにして

やろうということになる

まあここまで来たんだから

当社は利益が薄くてもやろうと思う

28日 東京へ

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2008年6月13日 (金)

バーナンキ米FRB議長

バーナンキ米FRB議長が6月3日の講演で「ドルの価値の変化がインフレとインフレ期待に及ぼす影響に注意」「FRBと米財務省が引き続き為替市場動向を非常に注意深く監視」と異例の発言でドル安懸念を示唆したことを重く受け止めるムードがあり、ドルが買われやすい状況になっている。

http://phi.fisco.co.jp/column/787152/

ということで円安ドル高になっているわけだが

このバーナンキというお方

200751765の講演において、所得の堅調な伸び、堅調な雇用情勢などの良好なファンダメンタルによって住宅市場が下支えされて、サブプライムローン問題が広範な経済、金融システムに重大な影響をもたらす可能性は小さいと楽観的な考えを示した。

と言っていた人です

双子の赤字を抱え

証券市場としてのマネーが回らないとやっていけない米国で

サブプライムという詐欺で世界中の人をだまし

インフレが進むなか利上げも出来ない状況下で

こんなハッタリ発言で為替は動いてしまうんだから

皆さん懲りてないというか

ドル安を見据えた上のデキレースというべきなのか

まあダマされないようにしましょう

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2008年6月11日 (水)

6月10日~11日 佐賀

伊万里の土地の契約に佐賀へ

現地で地境の杭を確認して契約

約950坪が3800万円と安く取得できた

今後ここに倉庫と工場を作り

中国から原料を伊万里港に輸入して

伊万里の工場で加工して

伊万里のお客様にデリバリーする

伊万里ワンストップ計画

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2008年6月 4日 (水)

6月2日~5日 バンコク

バンコクに在庫を持って

顧客先にデリバリーをしているが

倉庫とデリバリーは外注で

日系の会社にやってもらっている。

ガソリンの異常な高騰で

(投機マネーが流れ込んでのことなので

いずれバブルははじけると思ってます)

輸送コストが上がっていたのを

客先にお願いして値上げさせてもらう。

その後、外注の倉庫・デリバリー会社の

日本人の社長と打ち合わせする。

今回コンテナが傷ついたとして4,000バーツの弁償の

請求が来たということで、どうしようかという話。

港を出てからの傷だとタイ港湾側は主張しているようだが

どうもそうとは思えないということらしい。

4,000バーツだから払ってしまえば簡単かもしれないが

一回払うとまたいちゃもんをつけられる可能性があるので

とことん主張することはしましょうという結論になった。

この会社とは以前に危険物のライセンスの件で

ジャカルタの港に貨物がとまってしまった時に

裏金払って取りあえず済ますよりは

正式にライセンスを取ろうということで

港の貨物保管量がその時はかかったけれど

結果的にはそのごスムーズで良かったという経験がある。

あまり変な要求には簡単に応じないようにしようということで合意した。

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2008年5月31日 (土)

5月20日~24日 インドネシア

Image137 インドネシアの製造会社のテコ入れに

新しくアイムジャパンの研修卒業生を雇う

日本での研修期間後

インドネシアの日系大手に勤めていての転職

最近アイムジャパンの研修帰国生でも

一度大手に勤めてから

転職で面接会に来る人も多いようだ

大手に入って日本語を話せるだけでは

なかなか給与も上がらないのを実感し

自分の実力を発揮するためで中小に転職するという。

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2008年5月19日 (月)

5月12日~13日 佐賀

伊万里の土地所得に関して

重要事項の説明を受ける

土地購入後に3年以内に事業を始めないと

契約違反になるとの事。

中国からの値上げは支払条件を変更させて

5%値下げさせた

これで1ドル=105円のレートで

ほとんど利益が出ない。

今年は他の売り上げがあるので続けられる。

まあとりあえずやってみよう

来年は来年の風が吹くかもしれないから。

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4月22日~25日 中国

正式に当社の社員となった中国人のXさんと中国青海省へ。

青海省はXさんの地元。

青海省は水力発電が主力なので

電力を多く使う当社の原料は

青海省に集中する傾向にある。

(新疆までいくと冬季4ヶ月水力発電できないので稼動が落ちる)

今年の初めの品不足と急激な値上げを受けて

原料の状況を調査する。

3社を訪問するが

どこもまだ品物が足りない状況で

増産を計画していた。

需要の中心は中国国内のソーラマーケットだが

私はこのソーラマーケットがバブルを孕んでいると見ている。

ただ短期的に見れば足りない状況は続きそうだ

今後も調査を続ける予定。

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2008年4月18日 (金)

中国原料再値上げ

中国側が原料を再度値上げしてきた

今年の初めに30%上がり

なんとか客先にお願いして落ち着いたところに

4月以降20%の値上げということ

無茶苦茶だ

一応客先にアナウンスするが

今回は合意は得られない模様

売上の減少は避けられない

今年はスポットの設備の売上があるので

今期決算はなんとかなるが

来期以降に不透明感がただよう

伊万里の倉庫も

土地取得はするが

実際の稼動は様子をみながら

遅らすことになる

中国サイドは国内の需要が活発なので

何も輸出に関わる経費をかけてまで

輸出をしなくても良いという考えらしい

国内のマーケットが育ってない時には

”売ってくれ売ってくれ”と

さんざんお願いしておきながら

売れるようになれば手のひらを返したように

値上げ攻勢で

こちらの交渉にもまったく譲らない

疲れた・・・

中国とのビジネスは本当にいやだ

ということで更新が一ヶ月滞ってしまったんで

簡単にまとめ書きします

3月14日 Xさん来日

青海省からXさんの在留許可をとって

正式に社員として雇用することになった

在留許可は行政書士に代行してもらったが

実際やってみないとわからないもので

取れた在留許可で取ったビザは

一回来日出来る一年期限のもので

一回出国するとと無効になってしまう

区役所に外国人登録をして

入国管理局で再来日許可を取って

何回も出たり入ったりできるビザとなった

3月16日~18日 値上のお願い

中国メーカーと輸出会社の社長が来日

Xさんに通訳してもらい

客先を回って値上のお願いをする

今年一月からの値上分を

まだ客先には値上できてなので

値上の背景の説明をする。

この後さらなる値上げがあろうとは・・・

3月20日~21日 佐賀

伊万里市で今回進出する事業の打ち合わせ

新規雇用を5名以上保証する契約をすれば

いろいろな優遇が受けられるとのこと

基本的には今の工場の人員を移動させて

新規は2名程度の予定なので

契約は難しいかなと思う

3月23日~28日 ジャカルタ

インドネシア製造・販売2社の決算

Dのさぼった穴は大きくあまり良い内容ではなかった

今年は2社を一社に合併し建て直していく予定

4月1日~4日 マレーシア

マレーシアの販売会社の決算

こちらはようやく芽が出て5年目にして大幅な黒字

来年は累積赤字が消える

マレーシアの責任者Fは軌道に乗った後も

まじめに働くことを継続してほしい

4月5日 一周忌

早いもので母親の一周忌

今、会社が順調なのも

不景気で貸し渋りの時代に

帰ってこないかもしれないお金を

母親が貸してくれたからだとあらためて思う

4月17日~18日

佐賀の工場のISOのサーベランス

ISO取得後の一年目のサーベランス

ISOを取って良かったと思っています

何で良かったかは長くなるんで略

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2008年3月 8日 (土)

19年度決算

19年度の決算が出た

売上32億円(8億の減)

:これは前期もあった10億の設備

(3年計画)が今期にずれ込んだため

経常利益9千8百万円(2千2百万の増)

:消耗品中心なので利益率は上がった

そのうち為替差益が4千2百万円

:円安と日米金利差とNDF人民元スワップのため

為替で利益出してる部分が大きいので配当はなし

まずまずの決算だった。

今期はずれ込んだ設備が計20億円あるので

今期売上は50億円は越えるだろう。

利益で伊万里に倉庫と工場を計画しよう。

亡くなった姉と義兄の墓参りをした。

姉と義兄の力があって今の佐賀工場が始まっている。

みんな実はつながっているんだ。

僕もなにかにつなげていくんだ。

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3月3日-6日 バンコク

バンコクへ

顧客周りして値上げのお願い。

環境が幸いしてスムースにいく

むしろ占有率が上がってこちらに多く

注文がきている感じ

本当に物がタイトになっている。

インドネシア・マレーシアの販売会社に

供給してもらっているメーカーの社長と会食。

お互い社長のストレスを共有している身。

とことん飲んで大さわぎする。

Image132 余談だがバンコクで見かけた

あきらかにモデルがいっちゃってる

日本料理やのカンバン・・・

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2008年3月 2日 (日)

2月27日~28日 佐賀工場

今の工場長に対する不満が聞こえてきていた。

工場も規模が拡大し人間も増えてきているので

いろいろと難しくなっているとは思う。

今の工場長に自分も100%満足しているわけではないが

佐賀工場の立ち上げからのメンバーで功績もある。

リーダーを集めて

自分から見て今の工場長より優れた人間は見当たらないし、

下から上を批判するのは簡単だが

上は上で大変なんだから、

文句を言う前に協力して解決するように言う。

中国からの商品の急増に対して

倉庫と加工工場を新たに建設する検討に入る。

利益が出てくれば出たで色々やりたいことが出てくる。

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2月17日~21日 大連・鄭州

顧問のIさんと大連で合流。

大連も同様に値上げの話。

3年間かけてようやく品質的に売れるようになったと思ったら。

値上げを言ってきた。

原料の値段も上がっているんだが、

それにしては上げ幅が多いのは、

品質が向上したので中国国内に高く売れるようになったので、

高飛車にでているようだ。

今まで援助してきた経緯確認して

以前にでた見積もりをベースに動いているんだから

そんな値上げしたら日本では売れないと粘り強く交渉する。

大学が経営している会社なので

原価計算もいい加減でうれれば高く売るぐらいの感覚しかない。

日本のマーケットの状況も知らず

たまたま高く中国国内で売れた価格が通ると思ってる。

お互い疲れていったん交渉をやめて

後日Iさんに再交渉してもらうことにする。

翌日鄭州の工場へ

来年から日本の本社で働いてもらうXさんと合流

(在留許可は下りた)

鄭州の製品もだんだん品質は向上してきてもう少しのところ

(このもう少しが難しいと思うが)

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2月3日~6日 中国メーカー来日

中国メーカーが急に強硬な値上げを言ってきた。

30%を超える大幅な値上げで

今後はその価格でないと出せないという。

背景には中国政府の資源保護政策がある。

資源を沢山使う鉱山・業界に圧力をかけて

中小のメーカーは閉鎖してしまった。

結果供給がタイトになったところに、

大雪と旧正月前が重なり相場が急騰したのだ。

かといって月に数千万円買っていただいてる日本の顧客に、

来月から値上げですといって通る話ではない。

旧正月前に中国メーカーを日本に呼んだ。

日本の商習慣を説明しそんな大幅な値上げは

急には難しいことを説明するが

相手は頑として聞き入れない。

では主要な顧客を回って状況を説明して

値上げのお願いをしようということになった。

顧客にとっては月1千万円を超える値上げになるのだから当然怒る。

供給量だけは必ず保障すると約束してなんとか場を収める。

再度価格を検討して見積もりとなる。

このままでは顧客を失うことになるので

値上げ幅を小さくするよう交渉するが

これも頑として聞き入れない。

夜は通常なら中国メーカーと会食するところだが、

お互いに疲れきってやめようということになる。

日本サイドのコストをつめて、

円高を考慮に入れてようやく少しの利益がでる計算になる。

社内の会議を開き、

このビジネスをやるかやらないかの話になる。

これまで拡販して来たのだから

利益は低くなっても続けて

量をさらに拡販しようということで落ち着いた。

今までは品質が同等で価格が安いということで拡販した商品が、

供給がタイトになれば安定供給を盾に値段を上げてくる。

中国とのビジネスは一筋縄ではいかないと

思い知らされた一件だった。

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2008年1月28日 (月)

インドネシア再出発

ジャカルタから更新

責任者(現地Director)をDからGに変えて

インドネシアの現地法人が新たなスタートを切る。

公証人が会社に来て書類を作成した。

DとGと私がサインしてDirectorの変更と

Dの株の名義変更(3億5千万ルピアで日本の子会社が買い取り)。

このための日本サイドでの準備書類もなかなか大変で

日本公証役場で日本の会社の役員がサインをした議事録(英文)を

在日インドネシア大使館で認証してもらう必要があった。

販売会社営業も某財団法人の帰国研修正(日本語検定3級)を2名採用した。

Image003

営業向きな青年たちであった。(左写真)

製造会社は働かない社員を4名整理した。

退職保障を2年分要求してきたが(10年働くと法律上そうなるそうだ)。

交渉の上5か月分払うことで合意した。

今後はまた優秀なエンジニアを補充していく予定。

やっぱり今回思うのは

会社というのはトップ次第で全然変わってしまうということ。

会社を立ち上げたDに遠慮もあり

あまり細かいことは言わなかったが

Dのワンマンでやっていた弊害が沢山あったようだ。

Gはすべてオープンでやると社員に宣言し

社内の雰囲気も変わったように思う。

私もお目付け役として

優秀な人間は残ってもらって給料もたくさん払うが。

働かない人間には断固やめてもらうと宣言する。

日本人としてはあたりまえのことだが

インドネシアではそこから確認していかなければならないようだ。

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1月23日-24日佐賀

新年賀詞交歓会を数こなして佐賀工場へ

去年母親が亡くなり

その相続の申告や相続税の調達の準備も忙しかった。

去年父親の相続税をようやく払い終わったら

今度はまた母親の相続税を背負うことになった

人生なかなか甘やかしてくれないように出来てるようだ。

工場は忙しい部門に派遣社員を入れようとしているが

派遣社員が集まらず残業で対応していたが

その部部門の残業が月100時間を越えてしまった。

これは労働基準監督署の指導基準になるので

緊急に是正しなければならない。

それに一部の部門が残業をしていると

他の部門も残業が増えたり

残業による賃金のアンバランスに不平が出たりしていた。

そこでメインの部門は残業を不可にして

忙しい部門を交代で手伝う形にした。

変動が多い部門なので正社員は取りにくく悩ましい。

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2007年12月19日 (水)

12月18日~19日 佐賀

佐賀工場へ

セクションリーダーと打ち合わせ

半導体の高精度化に向けた品質向上

歩留まりの向上について議論

おおむね良い方向に向いている。

ソーラ(太陽電池)市場への生産量増加で派遣社員を募集しているが

佐賀でもなかなか集まりにくくなっているのが現状。

現在のソーラ市場がバブル的な要素を孕んでいると思っているので

正社員はなかなか採りにくい。

どうも現在のソーラ市場は

原油の値上がりにより過剰にだぶついた産油国の投資資金が

ソーラ業界に流れ込んでの加熱ぶりらしい。

世界の過剰マネーはいつもバブルのように膨らむ市場を探している。

日本のバブル崩壊もサブプライムも

その中にいる人はバブルに気づかない(気づこうとしない)傾向にあるが

これからの経営はバブル要素を見抜くことが重要だと思う。

しかしゴールドマンサックスがサブプライムに逆張りして

巨大な利益を得たというのはどうも納得いかない。

この利益のツケを払っているのはいったい誰なんだろう。

http://sankei.jp.msn.com/economy/finance/071214/fnc0712142109023-n1.htm

米国の低所得者向け高金利型住宅ローン(サブプライムローン)の焦げ付き問題に絡み、大手金融機関が相次いで巨額の損失を出す中、米証券大手ゴールドマン・サックスが、同ローン関連の資産担保証券の急落を見込んだ「逆張り」投資で、1年間で40億ドル(約4500億円)近い巨額利益を上げていたことが14日、分かった。米紙ウォールストリート・ジャーナル(電子版)が報じた。

 ゴールドマンは、近く発表する決算で110億ドル以上の過去最高益を発表する見通しだという。しかし同紙は、ゴールドマンが相場下落を予測しながら同証券の販売を続けたため、結果的に顧客が多額の損失を被ったとして同社の姿勢に強い疑問を示している。

 同紙によると、ゴールドマンの担当部門のトレーダーらは、昨年末、サブプライム関連証券が下落する危険性を予測。今年初めから証券を売却し、相場下落後に買い戻して利ざやを稼ぐ手法の投資を始めた。金融市場が混乱した夏には、ゴールドマン自身も15億~20億ドルの損失を出したが、「逆張り」による巨額利益がこれをカバーした。サブプライム問題の深刻化を予測したトレーダーらは巨額の報奨金を受け取るという。(共同)

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2007年12月15日 (土)

12月9日~13日 インドネシア

中国の食中毒をひきずってインドネシアへ

下痢は止まらず。

せっかく食事のおいしいグランマハカムの朝食を一回も食えず。

水分ばかり欲しくてコーラやアイスティ(甘)ばかり飲む。

解雇した役員のDに現地法人の株を5%持たせていたので

それを買い取ることにする。

買い取り金額は3億ルピア(約350万円)で合意。

最初の出資額の5千5百万ルピアは

私のポケットマネーで出してあげたのだから、

3億ルピアは会社を立ち上げたDへの功労金でもある。

今後Dも何か商売を始めるそうだが、

同業はやらないように念をおす。

製造会社の新責任者Aと販売会社の新責任者Gでミーティング

来年の計画を立てる。

もうすこし売上を増やさないと苦しいことを認識。

そして前回に引きつづきGと顧客周り。

Dがさぼっって放置した穴はまだまだ大きく

当分はフォローが必要な感じ。

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2007年12月 9日 (日)

中国メーカー来日

12月1日より現在当社の主力商品になろうとしているメーカーの

社長・副社長・輸出窓口の社長が来日している。

今回は当社に日本の総代理店をやらないかとの話があり

それでは当社の顧客のポテンシャルを見てもらおうということになった。

関空から入り、関西の顧客を当社部長が案内して

12月4日東京に移動してくる。

夜、当社の営業13名と懇親会を行う。

食あたりの後遺症できついが頑張って飲む。

12月5日

顧問のIさんの母親が亡くなり告別式で

長野県高遠へ

以前から悪いことは聞いていたのだが

今回Iさんに大連に来てもらっっていて、

大連に残っている間に亡くなってしまったので、

申し訳なくなんとしても告別式は行こうと思う。

車で4時間、田舎なのでお寺もわかりにくくなんとかたどりつく、

Iさんご夫妻にお悔やみを述べる。

東京へとんぼ帰りして中国人と料亭へ、

輸出入会社の社長Mさんは料亭遊びが大好きでこれで3回目。

11月6日

朝、当社も出展しているセミコンジャパンの展示会に顔を出す

M社の人、先日の上海の機械メーカー社長にも挨拶。

昼すぎ、中小公庫の契約12日に金利が改定されるので

上がった場合に備えて契約書だけ作っておくとのこと

折り返し 5年 5000万円 2.25%程度

午後某社団法人の東京都の会議

ブロック長なので東京都の副会長でもある。

会議後、懇親忘年会

胃が重いがなんとか耐える。

12月7日

中国人を朝5時にホテルでピックアップ

新幹線で郡山へ

郡山で当社営業と待ち合わせ

東北のお客を訪問。

工場長はあいにく不在だったが

まじめそうな技術担当者としっかり打ち合わせする。

夕方本社に帰り、当社部長を交えて最終会議。

議論の末、量的なギャランティに合意して

2年契約の総代理店が決まる。

正式には相手のグループのボスと

3月に調印となるようだが、

実質的には総代理店として動き出す。

実に大きな契約が決まった。

これで当社もしばらくは安泰だ。

中国人とすしを食べてカラオケ。

契約がきまったので気分よく飲む。

12月7日

6時にピックアップして成田に送る

これでとりあえず今回は完了

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11月27日~1日 中国

ベンチャー企業M社のN氏とI氏と中国へ。

以前から話があったが、お互い多忙でなかなか実現しなかった。

11月27日 東京ー上海

上海の機械メーカー訪問

M社はこの企業と合弁企業を近々に設立するそうだ。

事前にこの話の相談を受けたとき、

中国に出資するのはやめたほうがよい

もしやるなら独資でいくべきだと

私はアドバイスしたのだが、

結局は合弁でやると結論したそうだ。

中国の社長とも会う、日本語も堪能で

いかにも商売人である。

M社がやりこめられなければ良いと少し心配。

11月28日 上海ー鄭州

上海から鄭州へ移動

顧問のIさんと合流。

上海が航空規制で飛ばず

1時間遅れた上に機内で1時間待たされる。

Iさんの話では空軍の演習ではないかということ。

11月29日

鄭州の工場を訪問。

M社の人を警戒してか結局工場はろくに見せてくれない。

打ち合わせをするが、

一年前から言っていることの繰り返し、

結局コストばかり考えてこちらの言うようにやってくれない。

11月29日 鄭州ー大連

Image116_2 

大連に移動

大連は海鮮がうまい

ウニは生きてるのを

殻つきでそのまま

スプーンで

食べる。

11月29日

大連の工場を訪問打ち合わせ

こちらは確実に進歩している。

私たちが教えたことを吸収して

製品の品質向上をはかり

中国国内にも新たなマーケットを拡大している。

我々のプロジェクトも12月中には

商売になるかどうかの結論が出る。

12月1日

大連ー東京

ウニだけにしておけば良かったものの。

調子にのって生ガキも食ってあたる。

カキは新鮮だったのだが、何かのウイルスがいたと思われる

帰宅して嘔吐と下痢。

聞くとM社の2人もそうだったようだ。

38度の発熱。

11月2日

絶食して一日寝込む。

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2007年11月 6日 (火)

11月5日-6日 佐賀

佐賀工場で打ち合わせ

社員の意識のステップアップのために

統計的な考え方を導入していこうと思う。

毎日でてくるデータをただ読み流してしまうと

本当に有意差が有るのか無いのか見逃してしまうし。

本当に最適な条件を見つけることはできない。

経験則でやっていることを数値化して

出来ることはすべて数字でつかんでいきたい。

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10月29日-11月1日 バンコク

バンコクの顧客訪問。

我々の業界は原材料を中国に依存しているが

その原料が中国の電力政策などが原因で夏以降高騰している。

その結果、業界が実に30年ぶりの大幅な値上げに動いている。

当社は半製品を中国で作って日本で完成させる

ビジネススタイルをとっているので。

他社よりは有利に動くことができる。

今回もバンコクの顧客の方から

採用を検討したいと言われた。

おそらく現在使用しているものが

大幅な値上げを言ってきたと思われる。

この機をチャンスと捉えて

拡販に動きたいと思う。

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2007年10月29日 (月)

10月20日-25日 インドネシア

インドネシアの責任者のDの様子がおかしくなって久しい

Dはインドネシアの販売会社を一人で立ち上げたといってもよく

現在年商2億円で1千5百万円ほどコンスタントに利益をあげている。

1年半ほど前に奥さんが亡くなり

それからめっきり彼はやる気がなくなってしまった。

(私は色々な状況から彼の奥さんが自殺ではなかったかと思っている)

お客から納期遅れのクレームが多発し、

仕入先からは支払いがないと連絡あり

銀行からは要求したレポートが届かないという。

しかも皆が電話しても連絡が取れないという。

事実私が連絡しても電話に出ないことが多い。

Dとは10年以上やってきて、一緒にに苦労してきて

首にするのは非常に残念であったが、やめてもらうことにした。

5%の株を持たせていたので

それを時価で買い取ってあげることにする。

(後ほど時価以上の買取を言ってくるが拒否)

これを機会に工場の方も給料が高いくせに

働かない人間を4名首にする。

次の仕事が見つかるまで

3か月分の給料は退職金として払うことにする。

(インドネシアの法律で首にすると1年分以上の賃金を

払う決まりになっていると言って来るがこれも拒否)

だいたい働かない人間を辞めさせて

1年分給料がもらえるなら

だれもマジメに働くなくなってしまう。

Image109 新しい責任者のG

彼は某財団法人の研修生の卒業で

日本語は堪能である。

5年当社で働いているが

仕事ぶりはまじめである。

今の倍以上の報酬を提示して

責任者を引き受けてもらう。

翌日から彼と客先に納期遅延のお詫びにまわる。

怒っている客先が多く、このまま放置していたら、

本当にお客が無くなっていたと思う。

Gが今後しっかりやってくれることを期待する。

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2007年10月11日 (木)

10月9日-10日 佐賀

顧問のIさんと福岡空港で待ち合わせ

九州大学を訪問

以前務めていた会社のHさんが

九大の特認教授になっている。

Hさんを訪問して色々話を聞く、

Hさんも来年は九大を離れ

中国に拠点を移して

中国でビジネスを本格的に始めるそうだ。

その後Hさんに紹介を受けたN教授の研究室を訪問、

今後我々が中国で作った製品の評価をこちらで

やってもらうことになる。

来年マスターに上がる学生が担当についてくれる。

とりあえず50万円を奨学寄附金として契約する。

その後、佐賀工場へ

打ち合わせするも、

全然前回の打ち合わた実験が実行されてないので、

切れて怒る。

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2007年9月26日 (水)

9月19日~21日 佐賀

今週も佐賀工場へ

東京都の経営革新で

新しく導入した設備の立会い。

もう9月下旬というのに36度の暑さ

一日中現場で立会い汗だくになる。

設備を試運転するも

事前にテストした結果が再現できない。

どうも投入する原料が微妙に違っているのが

影響しているようだ。

急遽配管を変えてテストを続ける。

まあこうしたことはままある話で

全く新しい設備を導入しても

思い通りに使いこなすのは時間がかかる。

全く使えず倉庫に眠ってしまうケースもある。

そうしたリスクを負っても

新しい設備をトライしていかなければ

技術の向上はないと思っている。

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2007年9月15日 (土)

9月12日-13日 佐賀

技術的なクレームが発生して急遽佐賀工場ヘ、

こういう不注意などが原因でない問題は

なんで今まで対応してなかったと

叱っても結果論になってしまうので、

冷静に原因を分析して対策を考えた。

自分は原因を考える為のファクターを提示して、

あとのファクターの調整は現場にまかせて

考えさせるのが良いと思っている。

今回のクレームは、

解決しなければ大問題になる可能性を孕んでいるが、

全然根拠はないが解決できそうな気がしている。

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2007年9月11日 (火)

9月1日~4日 大連

Image108

東京に24時間いることなく大連へ

3年間技術指導した大連の企業も

ようやくここにきて

1つのビジネスがものになろうとしている。

今回はお客が大連の工場を視察に来る。

顧問のIさんと大連で合流し、顧客を迎える。

この会社の技術を開発した大学を訪問し

技術開発の経緯について説明をうける。

質疑応答するも、この技術を開発したG教授が

あまりはっきりと質問に答えないので

昼食を口実に続きは工場でやろうとうながす。

工場見学の後、綿密な打ち合わせをする。

途中通訳のMさんより中国側の社長が

情報を出さないようにガードしてますよと耳打をうける。

中国側の社長に秘密事項は言わなくて結構だが

開示できることは言わないと議論にならないので

質問に答えてくれるように依頼する。

触媒の組成などかなりノウハウに触れるようなことも

話してくれたように思う。

これも3年間の信頼関係あればこそだろう。

なかなか感触はよかった。

はやく商売にしていきたい。

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8月28日~31日 バンコク

バンコク事務所の女子事務員が辞めたいという。

彼女はもともと理系の大卒なのだが

9月から修士課程に再入学したいという。

仕事はよくやってくれていて残念だけど

彼女の人生選択であるからしょうがない。

バンコクで後任の面接をする。

今回やめる事務員の紹介。

まじめそうな人だったので、

15,000バーツ/月を提示して内定をだすが、

相手のほうから断ってきた。

これで事務員がやめていくのは2度目なのだが

どうもタイ人の国民性として、

企業に対する忠誠心は薄く

(仕事に対する責任感は強い)

1,000バーツでも高く給料を払ってくれる企業があれば

それは自分を高く評価してくれたということで

喜んであっさりと転職していくように思う。

いろいろ調べて聞くと

小規模にやっている会社は、

定着してもらう為に2~3万バーツ払っている企業もあるようだ。

今、事務所のワンフロアーを3社でシェアーして借りているが

そのうちの1社の事務員が14,000バーツもらっている。

現在仕事量もそんに多くないので、

そこにうちが10,000バーツ払って

24,000バーツにして、

うちの仕事もやってもらうことになった。

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2007年8月25日 (土)

8月22日-23日佐賀工場

佐賀工場へ

佐賀は東京よりさらに暑かった

盆休みに新しく入った設備のチェック。

東京都の経営革新融資を使って投資した。

測定器の校正を、

自分がやらないといけないと思っていたら、

社員がちゃんとマスターしていて、

出来上がっていた。

佐賀の県民性で、

のんびりした人間が多いと

思っていたが、

少しずつ成長しているようだ。

こういうサプライズは

いつもながら嬉しいものだ。

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2007年8月 8日 (水)

8月30日-3日 中国

8月30日 東京-大連

顧問のIさんと大連で合流、

夜に夏の風物詩、大連ビール祭りに行く。

5社ビール会社のブースをはしごして

多量にビールを飲む。

8月31日

大連の技術指導をしている会社で打ちあわせ

今年の末から国からお金を借りて(280万元)

高精度の製品用に新しいラインを設備するという

いままで通常の製品と、高精度品を同じラインで作っていた為

高精度の製品に不具合が生じていた。

こちらとしても願っても無い話。

9月の頭にお客が工場見学に来る予定なので

その件について打ち合わせ。

9月1日 大連-鄭州

通訳のXさんと合流

鄭州の奥地へ移動

魚の頭ばかりの鍋を食べる。

臭みもなくウマイ。

9月2日

鄭州の会社と打ち合わせ

こちらの会社も8月に

高精度用の設備を新規に導入するという。

我々が技術指導して3年、

中国サイドも高精度品の重要性を認識したのと、

ようやく中国国内マーケットも高精度品のニーズが出てきて

国内で売れる目安がついたのではないか。

(契約では中国国内は自由に売って良い契約)

9月3日 鄭州-北京-東京

Iさんは大連経由で帰る

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2007年7月 6日 (金)

円キャリー取引

1ドル=123円と円が安い、

ユーロに対してはもちろん

他の主要通貨すべてに対して安い。

ダメダメなドルに対しても安い。

円キャリー取引という物のせいらしい、

日本の金利が低すぎるせいらしい、

今の時代、過ぎたものはマネーゲームの

格好のエサとなる。

資産を持ち過ぎた会社も狙われてるらしいしね。

大企業は円安が心地良いんだろうな。

自分達は付加価値を最大限つけて

海外に販売するわけだから。

金利を上げるのは慎重になんて言う訳だ。

しもじもの中小企業は

海外から調達する原材料が為替レートの影響で

モロに上がっていて厳しい。

販売量は動いているわけだから、

金利の1~2%の上昇はもう問題ないと思う、

借入も金利上昇を見てヘッジしているところも

多いと思うから。

むしろ為替を1ドル=110円くらいで

安定させてもらったほうが大きい。

ドルが今のような役割をしていると仮定して

(主軸通貨として一応機能しているということ)

1ドル=110円くらいが日本の実力じゃないのか

というのが私の庶民感覚だ。

あるいは円というのは私が思うほどもはや強くなくて、

国際的にもダメな通貨になってしまったのだろうか。

とにかく過ぎた低金利は早くやめよう、

この程度金利が上がって生き残っていけない企業は、

世界の中で生き残れなかった企業ということだから。

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7月2日-4日マレーシア

マレーシアへ

現地販売会社のFと落ち合う

エリートで坊ちゃんのFも

会社の責任者として営業しているうち

だんだんと人格的にも成長している気がする。

(まだまだ甘いのですが)

今回も3件のお客さんを連れて、

タイのメーカーの工場見学の企画をたてている。

全部販売会社の経費で顧客への感謝をこめて

やりたいという。

まあ遊び半分なわけだが、

顧客のサービスにもなるし、

あえて反対はしなかった。

こういう成長を見ると、

人間の可能性を見るし、

元気が出る。

逆に人間がだんだんダメになるのを見ると

力を削がれる。

インドネシアのD君

奥さんが亡くなってもう1年以上過ぎた、

早く立ち直って欲しい、

来月はインドネシアに行こう。

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2007年6月25日 (月)

バンコクより

バンコクから更新

雨季というのに35度と暑い。

地球温暖化で過ごし易くなる地域もあるのだろうが

熱帯はさらに暑くなっている。

かなわない....

円安バーツ高もさらにすすみ、

出張者の私でさえ両替レートの悪化に驚く。

円キャリー取引ということ自体、

経済活動と関係ないマネーゲームだから、

長くは続かないのに、

ドル下落リスクをどう考えてるんだろう。

先日中国行ったときに

中国株の話題になり、

まさにバブルの状態で

いつはじけるかわからないというのに

株をやっている人口が10%いて

農村部は株をやってる人が少ないのを考えると、

都市部のほとんどの人が株をやっていて

みなネットで勤務中も売り買いをしていて

末期的な状態だと話題になったが、

円キャリー取引もまさに一緒、

参加してるプレイヤーは感覚が麻痺してしまうのだろう。

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2007年6月20日 (水)

6月17日-19日大連

大連の夏は気温は30度近くで暑いが、

湿度は低くからっとしていて

朝晩は涼しく過ごしやすい。

さくらんぼの季節で、

街のあちこちで売られでいて

安くてウマイ。

3年近く大連の企業に技術指導を続けて、

まだ1つも商売になっていなかったのが、

ようやく1つのマーケットが動き始めるかもしれない。

伸びれば年間5000トンという大きな市場になる可能性がある。

大連駐在の技術者のIさんと17日待ち合わせ、

18日お客さんを迎えに行き、

皆で開発区の海辺のレストランで海鮮の食事

その後に工場で打ち合わせ。

おおむね良いプレゼンテーションが出来たのではないかと思う。

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2007年6月15日 (金)

中小企業金融公庫

去年承認を受けた東京都の経営革新を使って

中小企業金融公庫から折り返しの融資。

5000万円、5年固定、1.5%。

安い。

経営革新様様。

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2007年4月27日 (金)

激動の一ヶ月

19年4月は本当に忙しかった

たぶんこんな一ヶ月はもう無いのでないかと思う

体調もずっと悪かった

でもお酒を飲まなければならない事も多かった

それではメモとして列記してみよう

:4月1日 新宿御苑にて花見 

大学の友人(参加14名)と毎年恒例の花見

私は場所取りしたんで

結局9:00~16:00まで飲み続ける

満開の桜の下、天気も最高で日に焼ける

:4月2日 成田から上海に移動

顧問のSさんと上海で落ち合う

Sさんが韓国でやってる別のプロジェクトで

韓国人の青年も来ていて3人で会食(ワイン)

:4月3日 江蘇省

カナダと中国の合弁企業訪問

測定器が全部輸入品でしっかり管理していた

:4月4日 江蘇省の奥地に移動

ホテルに入るも夕方から寒気

会食も酒を断るも白酒すすめられる

:4月5日 江蘇省の奥地

朝から38度の発熱

とりあえずバファリンを飲む

フランスと中国の合弁企業訪問

技術者は皆、頭が良さそうで

流暢な英語をしゃべり

自信に満ちている

本当にここは中国かと思う

上海に戻り夕食も食べずに寝る

夜中40度の発熱

ルームサービスで

ヨーグルトとオレンジジュース

:4月6日 上海から東京

朝38度あるが峠は超えた気がする

なんとか自宅に帰りつく

肺炎を患ってる母の体調が悪いと姉から電話

風邪をうつすといけないので今は行けないという

:4月7日 

体調は悪いがなんとか回復、熱37度

:4月8日 母を見舞い

救急車で母が入院、具合も良くないというので

短めに1時間くらい話す

酸素を口に当てていて苦しそう

同じ病院で胃カメラを予約しているので

又来ると約束

:4月9日 佐賀工場へ

客先でプレゼンする技術資料の作成

母は肺炎の治療にステロイド剤を使うという

苦しい時はモルヒネを使って意識を落とすというので

モルヒネを使う前には連絡くれるように頼む

:4月10日 佐賀にてISOコンサル

先月末に受けたISO審査の是正コンサル

姉からステロイド剤を使ったところ副作用が出て苦しいので

モルヒネを使うと連絡あり

今晩か明日来れるかというが

明日はメインの顧客の大事なプレゼンなので

明日終わり次第に駆けつけると言う

:4月11日 客先でプレゼン

メインの顧客で技術的なプレゼンを行う

おおむね当社の考え方を理解してもらった

終了後博多から羽田へ飛ぶ

羽田から病院まで渋滞で2時間かかる

20時時に病院に到着

母はかなり苦しそうであまりしゃべれない

忙しい私を気遣い

”お前もう帰っていいよ” と何度も繰り返す

23時になって眠ったので

姉にまかせて帰る

:4月12日 母臨終

朝5時に姉から電話

母の容態が悪化したので

1時間くらいで来られるかと言われる

急いで駆けつけたが母は亡くなっていた

最後はだんだん呼吸が止まって

静かに息を引き取ったようだ

苦しむ入院期間が短かったのが

せめても良かったと姉と話す

霊安室にすぐ運ばれ

葬儀屋と打ち合わせ

予約していた胃カメラをキャンセルしようと思ったが

キャンセルにも時間がかかるし

いつ又出来るか分からないので

姉に母を実家に運ぶのを付き添ってもらって

胃カメラを受ける

胃カメラ後は何も食べずに実家にもどる

午後お寺から坊さんがきてお経を上げてもらう

夜自宅に戻る

離れて住んでいたせいかあまり

母が死んだという実感が湧かない。

:4月13日 出社

お通夜が16日、告別式が17日に決まった

火葬場が混んでいるので

東京ではすぐ出来ないことが多いようだ

父が無くなった15年前と大分様子が変わっている

週明けが会社の支払日なので出社して支払いの準備をする

4月14日 会議 納棺

午前中に月に1回の営業会議と役員会議をして

受付を社員に頼む打ち合わせをして

午後から実家で納棺

納棺は葬儀屋が行うが

化粧など丁寧で驚く

:4月15日 自宅

自宅で休息 

喪主の挨拶の原稿を考える

4月16日 お通夜 (雨)

午前中出社して外貨の送金をして

午後実家に行きお通夜

雨の降る寒い夜になった

会社関係にはなるべく絞って御案内したが

それでも多くの方(約130名)が弔問に来てくれる

お通夜の後は親族でお清め

:4月17日 告別式

雨は上がるが寒い

やっと実感として寂しさを感じる

母は小さな骨壷に納まってしまった

:4月18日 青州へ

前から予定していた中国青島への出張

当社の部長も同行

青島空港から青州へ車で2時間

現地工場を見学し技術的なアドバイスを行う

会食は軽く白酒

:4月19日 青島 から 西寧へ

部長がメイン顧客の担当者を青島からピックアップ

青州の工場で落ち合う

終了後すぐ青島空港へ向かい

北京経由で青海省の西寧へ

:4月20日 青海省

青海省の工場を見学

その圧倒的な規模に驚く

昔の国営企業のようだ

聞けば電気代が1kwh=0.3元(約4.5円)だそうだ

昼食は羊の丸焼き

少数民族がアトラクションできて

白酒を大量に飲まされる

:4月21日 西寧から蘭州へ

西寧から蘭州へ車で2時間移動

蘭州の工場を見学

今日私が誕生日だというと

ケーキを買ってきて皆で祝ってくれる

誕生日ということで白酒を何かにつけ飲まされる

途中で吐いて対応

:4月22日 蘭州から鄭州

蘭州から鄭州へ飛行機で移動

鄭州の工場を見学

佐賀で作った技術資料をプレゼン

中国サイドにも当社の考えを理解してもらう

:4月23日 日本へ帰国

鄭州から北京経由で成田へ

北京空港は例によって混雑で

1時間以上とばず成田到着も遅れる

21時ごろ帰宅

:4月24日 某財団法人

青年部会長を務める

某財団法人の理事会と青年部役員会と研修会

研修会のテーマ母が亡くなる前に選んでいたのが

奇しくも”父を語る”というものであった

父を語ることは母を語ることにもなった

参加者にやはり最近お父様をなくされた方が2名いた

これも奇遇だなと思った

:4月25日 遺言状

姉から遺言状が出てきたので開封すると連絡があり

実家に向かう

生前頼んでいたように

本社の株は全部私あてにしておいてくれたようだ

:4月26日 インドネシア人面接

草加に営業向きのインドネシア人がいると聞き面接に行く

ここのところあまり良い人にあたらず

インドネシアの若者も変わったのかと思っていたが

今回はなかなかの逸材であった

即決で内定

:4月27日 出社

社内で残務整理

ようやく体調も回復し

このブログを書く余裕が出た

明日から9連休

ゆっくり休むことにしよう

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2007年3月 2日 (金)

ドル通貨オプション

現状中国から月60万ドルくらいの輸入があるため

通貨変動のリスクヘッジを色々な方法でやっている

すべて三菱東京UFJの商品

外為に関して三菱東京UFJは驚くほどニーズに合わせた商品があり

しかもレートが他行より良い

現在流れているものが

:以前このブログにも書いたがNDF人民元スワップ

ドル建てとは言え相手の通貨は元なので

元上昇リスクと円安ドル高リスクをヘッジ

毎月100万~200万人民元を4年先まで取ってある

レートが悪い契約でも1元=14.9円で取れているので

当初は持ち出しだったものの

累計が来月でプラスに転じて今後は利益になる

狸の皮算用だが現在のレートで計算しても

年間2000万円の受取となる予定

今後元はもっと上がる可能性が高いので

かなりの受取になると予想される

本当にいいタイミングで契約できたと思う。

ドル円為替予約

1年先までのドルを月40万ドル

タイミングを見てBizSTATION (三菱東京UFJのネットバンキング)

から行っている現在今年12月までを平均110円くらいで取れている。

円安ぎみなのでここ数ヶ月は取っていない。

そして今回

マルチレンジフォーワードという

通貨オプションを契約した

BizSTATION のドル予約では1年先までしか予約できない為

円安が進行していまったっ場合1年以降先の

ヘッジが全く出来なくなってしまう

そこで125円より円安が進んだ場合

月7万5千ドルを125円でドル買い。

100.10円より円高になった場合

月15万ドルを110.10円でドル買い。

という通貨オプションの契約を3年間した。

円高の時が円安の時の倍になっているのがキモらしい

3年間の間1ドルが100.1円~125円の間で動けば

なんのチャージも発生しない。

極端な円安のヘッジをする変わり

極端な円高のメリットも(倍額で)受けられなくなるという商品。

輸入者は為替で儲ようと思っているわけではないので

このような為替のリスクを避けられる商品は良いと思った。

この契約を5年にするともっとレートは良くなるが

自分はドルを基本的には信用していないので

リスクの少ない3年にした。

アメリカの経済の実態とは別に

投機の基軸通貨としてのドルの存在は

まだここ3年ぐらいは続くのではないかと思ったので。

投機家もドルが暴落した後のカオスのようなマーケットを

だれも正確には予想できないだろうし

そこまでのリスクを負いたくないのが本音なのではないかと予測する。

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2007年2月26日 (月)

18年度決算締め

18年度決算がまとまった

売上は40億8千万円で過去最高だった

利益は経常利益7千4百万円。

税引前4千9百万円。

利益が出るのを予測して

エレベータの修理や外装・看板・トイレの入れ替えや

社内旅行など予算を精一杯使った数字なので

自分的には満足の数字だった。

これを機会に過去の利益を調べてみると

父親の時代の昭和48年に

売上が14億なのに税引き前で1億以上

利益を出している年があった。

昔はこんなに利益利率が高い商売が出来たんだと唖然。

(よく調べると石油ショックの年で物が何倍の価格でも売れたそうだ)

自分の人生の目標は父親を追い越すことであるが

やはりなかなか追い越させてくれない。

でもきっと利益で追い越すことが出来ても

まだ何か追い越せないものが感じられて

永遠に追い越せないものなのかもしれない。

2代目の悲劇というやつだ。

経営者は孤独というが、

何が孤独って

決断を一人でしなければいけないことではなくて、

(一人で決められることで楽な場合の方が多い)

うまくいった時、誉めてくれる人がいないことと

失敗した時、叱ってくれる人がいないことだと思う。

結局、色々父親と自分を比べて

自己満足するしかないのだな。

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2007年2月21日 (水)

日銀利上げ

日銀0.25%利上げ来ましたね。

選挙があるんで

来るなら2月か3月の早い時期と思ってましたが

マスコミに利上げ関係の報道が無かったんで

ひょっとしたらこのまま上げないで

選挙に突入するのかと思いましたが

突然来ましたね。

反対の世論が生成されないように

報道規制でもしていたんでしょうか。

金利は0.25%でもじわじわ来るんですよね

利上げを見越して去年だいぶ固定金利に移行しましたが

年間3億の借り換えをするとしても

0.25%上がると75万円の経費増。

翌年は150万の経費増という具合です。

今後は金利上昇を見越した経営計画が必要かと思います。

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春節前の中国を訪問

2月5日から9日まで

技術提携をしている中国の2社を

顧問のSさんIさんと訪問。

まず鄭州の会社を訪問

技術提携を始めて2年になるが

この会社は最初はめざましく品質の向上がみられたが

最近は停滞気味。

ある程度注文を出しているので

それで安心しているのかもしれない。

今回ロットアウト品が出たので

原因を解明するべくディスカッションをすると

勝手に生産工程を変えたらしい。

こちらが指示した実験の工程を

量産品にも勝手な判断で適用したという。

勝手な変更は困るとクレームをつける。

田舎なので技術者も素朴で

本当のことを言ってくれるので

まだ助かるが

こういった勝手な変更が良くあり

本当に困る。

新しい実験条件を指示して

サンプル依頼をすると

反省しているらしく無償で提供するという。

こういうところも、しおらしいんだけど...

例によって食事会は白酒(50度)の一気飲み。

疲れる。

大連に移動

こちらの会社は

出足は遅かったがここにきて

良いものが出来つつある。

大学の資本の会社なので

技術者がプライドが高く

こちらの言う事を聞く耳を持たなかったのが

ようやくこちらの技術を認めて

アドバイスを聞くようになるのに1年以上かかったという感じ。

こちらはまだ定期的な注文になっていないので

早くなにかしらの商売をまとめたいと思う。

大連も恒例により海鮮(生)とワイン

癒される。

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2007年1月18日 (木)

経営革新 助成金

1月12日のお昼

賀詞交歓会で若手経営者のMさんに会った

Mさんの会社も当社も昨年

東京都の経営革新の承認を受けている。

Mさんから経営革新の承認企業を対象にした

助成金があるのを聞く。

最大で2000万円もらえるという。

しかも対象が経営革新の承認を受けている企業だけなので

かなりもらえる可能性が高い。

しかし締め切りが12日の5時だという

助成金は以前に産学公で300万円ほどもらったが

報告書類が大変だったので

数百万であればやる価値は無いと思っていた。

しかし2000万円なら十分やる価値がある。

すぐ会社にもどり鬼のように申請書類を3時間で作って

都庁へ4:30に駆け込む。

当然不備があったり書き込みが少ないといわれるが

訂正して月曜の朝一に持ってきてくれれば

受け取ってくれるといわれる。

土曜日は会議と新年会で出来ず

日曜日出勤して申請書類を作った。

月曜書類を提出に行くが、

本当はもっと直して欲しいところがあるが

訂正する時間はないので受け取るけど

書類審査に通らないかもしれないと言われる。

がっくりするが、まあ自分なりにベストでやったんで

審査に落ちたらしょうがない。

Mさんとは忘年会で12月も会ってるのに

どうして早く教えてくれなかったと恨みごとを言ったが、

12月7日に説明会があって

1月12日締め切りという急なものだったらしい

おそらく東京都も景気回復で税収が上がり

予算が余っているのではないかと予想する。

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2006年12月28日 (木)

18年決算予測

また年末が来て当社も決算月

今年は半導体・液晶・HDDが好調で

本当にいい年であった。

去年の売上が28億に対して

今年の予測が40億

急激に伸びた。

過去最高売上は確実になった。

過去最高益になるかは

これから計算してはっきりする。

今年の目標が”収穫の年”だったので

目標は達成した。

皆さんに感謝、めぐり合わせに感謝。

設備関連の売上の増が5億ぐらいだから

消耗品の売上もかなり伸びたことになる。

工場も今年はフル操業であった。

賞与もかなり増額したつもりだ。

半導体の景気も来年は持続する予測。

来年も良い年でありますように。

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中小公庫折り返し

中小公庫の通常の折り返し融資

5千万円 5年固定 2.35%

担保フルカバーでこのレート

公的金融機関でも

やはりだんだん金利は上昇している。

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経営革新2回目

東京都の経営革新を使っての特別融資

設備資金で中小公庫が窓口

5千万円 10年固定 1.75%

設備は年末に設置

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バンコク・チェンマイ

年末にかけて忙殺されまとめて更新

忘年会続きで胃腸が調子悪し。

11月27日~12月2日

バンコクとチェンマイのお客様を訪問

今年の初めから比べると

バーツ高になっている。

タクシンが失脚して新しい政権には

為替の管理能力がないのではという

噂もあるが。

どうもドルの下落不安から

タイに資金が流れ込んでいるのが原因らしい。

現地駐在員の方もバーツの割高感は厳しいようだ。

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2006年11月17日 (金)

青海省

顧問のS先生が青海大学の教授をしている青海省を始めて訪れた

東京から北京経由で西寧空港へ夜着

西寧は人口100万人の大都市で

街中は他の中国の都市と変わらない。

ところが車で1時間も走ると

景色はまさにチベットの風景に変わる。

山から帰ると街もチベットのふもとに感じられ

また違った雰囲気に感じられる。

標高2000メートルのところに街があるので

階段の登り降りは少し息苦しく感じる。

S先生の大学内の部屋を訪れる。

先生は石を集めたり、写真を取ったり、ギターを弾いたりして

田舎暮らしを好奇心をもって楽しんでいるようだった。

原料メーカーと大学を訪れて

新しいプロジェクトの打合せをする。

最後の晩いつも通訳をしてくれているXさんと奥さんと会食。

S先生もだんだん青海に行く機会もなくなるので、

Xさんも仕事がなくなってしまうので

来年かた当社で働いてもらおうと思っている。

青海と東京ではあまりに生活にギャップがあるので

そのことを奥さんにも確認しておきたかった。

奥さんは中国語の教師なので

教師をやめることには抵抗があるようだった。

日本にきてもボランティアでも良いから

中国語を教えることを続けたいそうだ。

また来年早々に赤ちゃんが生まれる。

出来る限り協力することを約束して、

Xさんの日本行きの同意が得られた。

とりあえずXさん1人が来年日本に来る。

そのときには新しいプロジェクトも立ち上げて

仕事でXさんがこられるようにしたいと思う。

(マイフォトに写真をのせました)

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チップ工場見学

Image027_1 10月20日

某財団法人の工場見学会で

会員の群馬の木材チップ工場を見学

ハムを燻製にするチップのシェアは

実質80%だそうだ

さまざまな天然の木材を色々な形状に加工して

ブレンドして水分を管理して出荷する。

その製品のチップの種類たるや何百アイテムになるそうだ。

素人には全くその違いが想像できない。

ということは新規に参入しようという企業もないだろう。

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2006年10月12日 (木)

ISO社内監査

10月12日

佐賀工場にてISOコンサルティング第4回

社内監査セミナー

社内で監査を行って

自主的にチェックするしくみな訳だが

当社みたいな小企業では

なあなあになってしまうのが難点。

夜に今回設備を発注した業社の専務と会食。

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2006年10月 4日 (水)

ISOコンサル3回目

9月25日佐賀工場へ

ISOコンサル3回目

各種文書作成支援

大体管理するべき文書・記録が見えてくる。

昼過ぎ中小公庫の担当者が訪問

工場を案内する。

年末に5000万円ほどの設備投資の融資のための見学。

都の経営革新の枠を使う予定。

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2006年9月28日 (木)

NDF人民元スワップ追加

現在月100万人民元の

円-人民元のNDFスワップを

平成2008年の末まで契約しているが

中国からの輸入が増加しているのと。

日米金利差で先の方を取っても

あまり出来上がりが変わらないので

5年間のNDFスワップを追加しようと考えていた。

そのうち目先円安になってしまったので

タイミングを躊躇していると

三菱東京UFJが新しい提案を持ってきた。

2年後スタートの4年間のスワップで

これだと目先の円安より日米金利差の影響の方が大きく

最初1年間の持ち出しが無い。

早速契約。

月100万人民元で2007年9月から4年間

交換レートは14.90

新しいプランを三菱東京UFJは次々持ってくる。

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7年固定借入

長プラが下がっているので

長期固定の金利が借りやすくなっている。

金利も経済の回復にあわせて

確実に上昇すると見込んで

借り換えの資金を7年の長期固定で借りることにした。

9月で銀行も中間決算なので積極的に検討してくれる。

商工中金で7年固定2.5%で8000万円

三井住友銀行で7年固定1.8%+保証料1.52%で4000万円

保証協会の保証料が格付けに応じて変動になり

実質の値上がりになっている。

来年の決算が良ければ保証料も下がるかなと期待はしてみる。

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2006年9月21日 (木)

集団面接会

日本の景気が良い為に

久しぶりに日本の営業増員をしようと思っている。

どんな方法でやろうか悩んだ。

以前利用していたリクルートの雑誌も、

今はメインはネットになっているようだ。

ネット(リクナビ)になったから安くなったというわけではなく

雑誌の時と価格はかわらず

ちゃんとした広告を打とうとすると100万円くらいかかる。

それにリクナビは大企業の広告も多いので

我々中小企業は埋もれてしまう可能性が高いし、

大企業志望のひとがたまたま来て採用しても

続かないので無駄になってしまう。

そこでアイデムの面接会を利用することにした。

求人の会社がホールにブースをだし(100社くらい)

転職希望者や新卒者が訪れて

色々な会社の話を聞けるというもの(45万円)

ブースを出す会社は中小も多いので

会社の規模にこだわらない人も来てくれると思った。

結果12名面接。

なかなか面白い人材もいて良かった。

しかし、色々な会社もみてるので

うちを志望してくれるかどうかは分からない。

今月中に志望者を受付てもう1度面接。

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9月4日~8日 ジャカルタ

インドネシア現地法人の半期決算

オートバイマーケットの落ち込みが大きく

製造会社・販売会社ともに減収・減益

製造会社は在庫過剰のため

生産休止して自宅待機

1ヵ月後従業員を半分に減らす

良い社員を残して選択するように指示

三菱東京UFJジャカルタ支店から現地販売会社の借入

3000万円 2.83% 1ヶ月ごとの更新

円がジャカルタの市場に無い為

1ヶ月の短い更新となる。

日本の本社が景気が良いからいいものの、

悪い決算の対策を考えるのは疲れる。

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2006年8月24日 (木)

さようなら みずほ銀行

みずほ銀行からの借入3億5千万円をそっくり東京三菱UFJに借り替えた。

先代(父)から第一勧銀はメインバンクであったが借入が無くなることになった。

話をすると長くなるが

金融不安が起こり、いわゆる貸し渋りが起こった。

当社は安定化融資や小規模私募債などを発行してなんとかしのいだ。

そして金融機関の合併が進んだ。

その後も景気の悪い時期が続いた。

当社の業績も赤字にはならないものの

あまり良いものではなかった。

2004年決算が12月に終わり2005年2月末にみずほ銀行に

決算の報告に行った。

今期はあまり良くなかったが

今はこんなことに力を入れている等説明をした。

毎年3月と9月には定期的に折り返しの融資をしてもらっていたので、

3月の融資をお願いすると、

格付けの査定には最大4ヶ月かかるので

他から借りて欲しいと言われた。

毎年定期的に借りてる旨を言うが

貸し出しは難しいと言う。

その時でも、みずほが1番金利が高かったのだが、

借入も1番大きいのでメインバンクだから仕方がないのかと思っていた。

この時点でみずほはメインバンクではないのだなと思った。

その時も私募債を発行してしのいだ。

その後2005年後半から電子材料の業界が急回復して業績はよくなった。

2005年トータルでは前半悪く、後半良かったので

通年ではそこそこ良いという決算だった。

2006年2月決算書を持参し去年のイヤミをこめて

4ヶ月査定かかるそうですからじっくりやって下さいと言った

そうしたら本当に4ヶ月どころか5ヶ月かかっても査定が終わらなかった

その間、個人の資産から借金まで細かいところまで調べられた。

今期2006年はさらに売上が伸び手元資金は潤沢だった。

そうしている間にみずほの借入は返済が進んで

預金を相殺すると実質3億5千万円になった

みずほは当社の土地建物の第1順位に2億9千万円の担保をつけているため

実質6千万円の与信しかない状態になった。

しかも1億3千万円の預金があるため他行に借り替えれば

そのぶん借入を圧縮することができる。

7月中旬に審査も終わり格付けも上がったということなので

みずほの担当者にベストの金利を提示してくれるよう頼んだ

その結果は3年変動2.5%ということだった

しかも短プラ連動なのですぐに0.25%上がることが分かっている。

同じ条件で三菱東京UFJに見積りしてもらうと

5年変動1.96%で3ヶ月TAIBOR連動ということであった。

みずほにTAIBOR連動のものは無いのかと聞くと、

中小企業向けにはやっていないとのことであった。

今後の海外での展開もろもろ考えて

三菱東京UFJにすべて借り替えるえる決心をした。

担保もみずほから譲渡することになる。

1億5千万円を変動にして

残り2億の1億2本を違った種類にスワップをかけて固定化し

5年固定で2.45%と2.8%の固定とした。

今回みずほと三菱東京UFJと2つの銀行を比較して

実に大きな違いを感じた。

金利を取れるところは取って利益率を上げようというみずほ。

いろいろな金利の安い商品をもって貸し出しを拡大したい三菱東京UFJ。

景気がよくなれば企業はみずほの借入を圧縮していくのではないか。

ある若手経営者の会でこの話をすると

うちもみずほは金利が高いので借入を減らしていると言う話や

旧富士銀行と取引があったが合併後

勧銀から来た支店長に変わると

金利が高くなった等の話が聞かれた。

メガバンクって数が減ってどれも同じかと思えば

実はこれからが差が出てくるのかもしれない。

JALとANAみたいに。

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2006年8月11日 (金)

中国語で挨拶

8月9日中国河南省の原料を買っている工場の

Image003 新工場落成式に出席。

挨拶をしてくれと言われていたので

どうせなら中国語でやろうと思い

原稿を短めに日本語で書き

先週中国出張時に通訳のXさんに

中国語に翻訳してもらった。

それにピンインをネットで調べてカタカナを振って

Xさんの読み上げた録音を聞きながら

移動中の機内で練習しておいた。

日本代表みたいな感じで舞台に乗せられ

いよいよ挨拶の順番が来た

練習の甲斐もあり随所に拍手もいただき

皆さんから発音が良いとか

feel deep impression とか言われた。

しかし体調は絶不調、下痢も止まらず胃は重い

しかし挨拶も終わったんでヤケクソで

歓迎の昼食会で注がれた酒はすべて一気乾杯し

夕食も現地商社のなじみのメンバーと白酒を飲みまくった。

翌日10日北京空港で雷雲のため

3時間半飛ぶのが遅れ深夜帰国。

疲労もピークを迎える。

眠ろうとするが全身に蕁麻疹が出て痒くて眠れず

深夜シャワーをあび薬をつけてなんとか寝る。

お盆はゆっくり静養の予定。

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2006年8月 7日 (月)

いっぱいいっぱいの盆前

Image0017月29日タイのチェンマイから帰国して

8月2日より中国の鄭州へ

例の50度の白酒を2日間飲まされ続け

8月4日大連へ

大連で止せばいいのに

2人の顧問の先生と3人で

海鮮を生で食べまくり

ビール3本・ワイン1本・ウイスキー1.5本を飲み

翌日強烈な下痢

これは飲みすぎの結果だけではないヤバさを感じた

Iさんから薬をもらって飲む。

さすがに翌日は飲食・飲酒を控えるも下痢止まらず。

胃腸が弱ってる時の最終方法の絶食に入る。

6日朝から絶食し帰国夜に家でつくってもらったうどんを食べる

7日朝下痢止まらず朝絶食

今日短プラ上がる前に

みずほの借入3億5千万円をそっくり三菱東京UFJに

借り換えする契約をする(後日詳しく書きます)。

今晩は某財団法人の研修会

(飲まざるえないでしょう)

そして明日8日から10日までまた中国鄭州出張

(これも白酒飲まされまくりでしょう)

かなりいっぱいっぱいです

どこへも行かずゆっくりする予定

(でないとホントに死にます)

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2006年7月26日 (水)

タイ通関その後

バンコクから更新

タイの通関業者のところに行く

そこに税関員が待っていた

今回輸入した品物の1つのアイテムが

危険化学物質を含むと言われる

正式にライセンスを取るには

倉庫で危険物を保管する許可がTHB10,000/year

輸入許可がTHB5,000/year

あと加えて袖の下を払わねばならない

なんか納得がいかない話だが

色々な規制を税関員が利用して

袖の下を取ろうとしているだけの気がする

どうにもしょうがないのでそれで妥協する

別のアイテムが前回関税1%が0%に下がったのが救い

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2006年7月20日 (木)

タイ通関

タイに第2回目のカーゴを船で送った

7月3日に着いているはずなのだが

一向に通関が終わる様子が無い

聞いてみると通関のコンピュータが壊れたと言う

イヤーな予感がした

その後下記の書類を要求された

  1. Chemical composition

  2. Certificate of analysis

  3. Material safety data sheet

  4. Qualification and advantage of goods

  5. Process of manufacturing

  6. Specification of goods

すべてのアイテムに関してである

まあ2番のMSDSは良くあるケースなんで

ある意味あたりまえだが

あとは過剰だと思う

その結果あるアイテムが化学的に危険だという

(化粧品なんかに使われてる

全く危険な物質なんですけどね)

正式に検査をすると1ヶ月かかるが

裏金をTHB40,000渡せば通してやると

言っているらしい

ヤッパリだ

今回お客が在庫を切らして(うちのミスではない)

ちょっと急がせたのがまずかったんだろうか

そのお客には悪いが

正規に検査してもらうことにした

急いでる足元見られて裏金払ってると

今後もどんなこと言われるか分からないから

で24日からバンコク

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ISOコンサルティング第1回

7月11日

佐賀工場でISO9001取得のための

コンサルティング第1回

私と工場長とISO担当者の3人で受ける

午前中はISOの入門セミナー

ISO9001の概略の説明

午後は取得までのスケジュール確認と

ギャップ分析という

現状やられている事と

ISO取得に必要な要求事項

とのギャップをあぶり出しいく

とりあえずやるべきことの概略は分かった気がする

次回は8月末

次回までにとりあえず自分達なりに

要求される書式のフォーマットを作ることになった

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2006年6月30日 (金)

中小企業金融公庫

中小公庫から借入

今年3月に東京都の経営革新の審査に通ったので

それが適用になり安く借入が出来た

運転資金 5000万円 5年固定 1.6%

今年中にもう5000万円の設備資金も経営革新の計画に入っている

販売の様子を見ながら投資計画を決めていく予定

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2006年6月11日 (日)

6月8日 Dの誕生日

インドネシアの販売会社の責任者Dの誕生日というので

レストランで誕生日会をしようということになった

販売会社のメンバー+家族(社内結婚)

製造会社の工場長も呼んだ

Dは去年暮れに長年つきあった末に結婚した奥さんを亡くしている

やはり精神的ダメージは強いと思われ

REPORTの遅れや納期ミスなど仕事上もやや問題があった。

みんな集まったところで挨拶をした

Dは去年不幸があったが、今Dを必要としている人たちが

工場も販売会社にもたくさんいる。

早く立ち直ってがんばってほしいと話した。

人間誰かに必要とされることほど

自分の存在意義を実感できることはないと思っている。

彼には今それが必要だと思った。

それから昔話を一席

今回営業車を2台買うけれど

販売会社の設立まもないころはDが

オートバイの後ろに乗って営業したのが始まりで

そこからDが立ち上げてきた

そのことを良く考えないといけないと話した。

その後なごやかに会食

Dがたまにこうゆう笑いながら社員と話をするのも必要ですね

といっていた。

なんかDのまわりを覆っていた暗いオーラみたいなものが

すこし晴れたような気がした。

社内結婚した夫婦が空港まで送ってくれた

彼らも今年子供が生まれた。

酔っ払っていろいろくだらないことを話す。

自分も振り返れば1994年に初めて

ジャカルタに来て右も左も分からず

インドネシア語も英語も話せず

ただ何かあると思ってがむしゃらにやってきて

インドネシアでビジネスが出来るようになった。

彼らは自分を必要としてるだろうか

必要とされる存在ではありたいと思う。

押し付けではない形で。

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EPTE

インドネシアの製造会社は

EPTEと呼ばれる輸入関税フリーの

ライセンスを取って設立した。

海外から原料を調達する際に

関税がかからないという特典だが

条件があり輸出100に対してインドネシア国内は50しか出来ないという制限がある

経済危機後インドネシアの国内景気が悪いうちは

ほとんど日本に輸出していたためこのやり方で良かったが

インドネシアの国内景気がオートバイマーケットを中心に回復し

逆に日本では消費が減り在庫が過剰になって

インドネシア国内の50の販売では収まらなくなっていた。

今回そのEPTEをはずすべく税関のチェックを受けることになった

いままで関税フリーで入ったものの関税を払わないといけないが

そうすればインドネシア国内に制限なく売れるようになる。

現地販売会社も現地の販売だけで回るようにしていきたい。

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インドネシア現法借入

6月7日 ジャカルタ

ジャカルタで現地の借入れの手続きを行う

インドネシア現地の製造会社が

1000万円りそなプルダニア銀行から借り入れていた。

98年は当時かなり安い金利で設定してくれて

TIBOR+1.5%でずっと借りられていた。

今回りそなプルダニア銀行から話があり

日本の本社がどこかの銀行の保障をつけるか

2000万円に借り入れを増やしてTIBOR+4.5%でないと

折り返しの融資ができないとのことであった。

取引がある日本のりそな銀行に相談するも

あからさまに出来ないとの話であった。

りそな銀行は例のBIS基準の件で海外に支店を持てなくなったため

現在りそなプルダニア銀行は完全に別会社である。

そんな事情もあるのかと勘ぐるほど

りそなの日本の支店の対応は悪かった。

そこでこの話を三菱東京UFJで検討してもらった。

現地の販売会社は三菱東京UFJのジャカルタ支店をメインに使っているので

お金の動きはわかっているし

当社もインドネシア現法も現在業績好調である。

すぐに日本の本社保障で3000万円の枠を取ってもらった

金利もTIBOR+2.5%程度

2000万円現法販売会社が借り入れる。

1000万円りそなプルダニア銀行に返済して

1000万円去年倉庫を買うためにローカルバンクからの借入

(金利が上がりルピア建て年利17%!)を返済する

ただしインドネシアでは外貨が市場にあまりないので

3ヶ月~6ヶ月の短期の更新になるとのことであった。

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2006年6月 1日 (木)

在留許可その後

中国人Xさんを日本へ呼ぶために

在留許可を取ろうとしている件で

Xさんが3年制の大学しか出ていないため

学位学士証明がないために

来日は学位学士証明取得後(来年6月予定)に

ずれ込むことになった

コンサルタントの行政書士の話では

中国からの在留許可を国際業務で呼ぶ場合

学位学士証明は必須ということらしい

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バンコクから更新

5月30日からバンコク

新人の事務員とデリバリーの手配をして

顧客回りをする

新規の顧客獲得した

日系の企業でタイに進出して

消耗材は日本の親会社から調達しているのを

タイ現地から調達したいというニーズ

こういうニーズは掘り起こせば

まだまだあると思われる

いかに情報をつかむかが問題

来年2月からアイムジャパンの帰国生を

営業として採用する予定

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2006年5月19日 (金)

在留許可

中国との貿易金額も大きくなり

現地と細かい打ち合わせの必要も出てきた。

顧問のSさんが仕事のベースを青海省から

上海や韓国に移すということで、

今までSさんが通訳に使っていたXさんを

日本に呼んで働いてもらおうということになった。

Xさんは青海省という中国でも内陸で育ったので

性格は非常にまじめだ。

中国人は信用できないなんて一くくりで言われるが、

Xさんは下手な日本人より心がきれいで信用できる。

自分が気に入って採用するタイプには

大きく分けて2タイプあって

1つはくそまじめなタイプ

もう1つは明るい人当たりの良いタイプ

Xさんは前者。

初めてなので在留許可の申請を

専門の行政書士に頼むことにした。

ネットで調べると金額は¥160,000程度

国際業務ということで許可を取るには

下記書類が必要とのこと

大学の卒業証明書(原本とその公証書)
学士学位証明書(原本とその公証書)
現在の青海大学の在職証明書(原本とその公証書)
本人の履歴書(日本語で書いたもの)
パスポートのコピー(写真のページと来日歴のページ)
写真3x4cm 2枚

公証書というのは公証役場みたいなところで

その書類が本物ですよと証明している証書らしい

後は日本サイドが中国からの貿易の実績があれば

1~2ヶ月程度で在留許可が出るらしい

今月Sさんが青海に行く時打ち合わせてもらって

Xさんの学士学位証明書が6月に取れるそうなので

7月はSさんと青海省に行く予定。

Xさんの故郷・Sさんの情熱を注いだ大学を見てこよう

Xさんの奥さんにも色々話をしないといけないと思っている。

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2006年5月18日 (木)

5月10日佐賀工場10周年

佐賀に工場を移転して丁度10年で

移転10周年で社内で記念の懇親会をした。

顧問のIさんも中国から帰国していたので

参加してくれた。

思えば苦節10年であった。

10年前に佐賀に工場を移設したときは

ほとんどの設備が旧式で時代遅れだった。

その後設備投資を大々的に行い設備を入れ替えていった。

メインの顧客のテストにも合格し

従業員を増やして増産体制に入ると

製品にクレームが起きて受注がストップ

泣く泣く新しく雇った従業員を切った。

それが1度だけではなかった。

再び設備投資をして製品を改良して。

また従業員を増員して増産に入った。

するとまさかの2度目のクレーム。

また従業員を切った。

”またリストラするのか”

”こんな会社は付いていけない”と

古参の優秀な社員も辞めていった。

在庫は山となり資金繰りを圧迫した。

それが一昨年の11月から

原料は品質重視で高いものを使って、

顧客の最後のトライヤルをお願いした。

これでダメなら工場閉鎖も

止む終えないなという考えが頭をよぎった。

それが合格し大量に製品が流れるようになった。

過去の在庫も別の顧客に少しずつ流れるようになった。

従業員もどんどん増えた

皆自分の作ったものに自信を持つようになった。

新製品の製造にも着手してその販売も軌道に乗ってきた。

そして現在、半導体の市場はいま絶好調である。

工場はフル生産で、今年更なる設備投資を計画している。

iPod用の大規模な設備の受注もあり。

今期は久しぶりに景気の良い年になりそうだ。

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2006年4月30日 (日)

タイ販売会社事務員

4月25日

タイの販売会社の事務員が急に辞めたいといって

3月末にやめてしまった

父親の料理店を手伝うことになったらしい

彼女に通関から会計・倉庫の管理など任せていたので

辞めてしまうと全く分からなくなってしまう。

もうしばらく居てくれと頼んだが

無理とのこと。

引継ぎで1日来てくれと言ったが

それも無理。

またサイン権者を彼女で登記していたので

変更しなければならない。

サイン権者は登記のコンサルタントの社長の奥様のタイ人の方に

暫定的になっていただくことにした。

バンコクに飛びまずコンサルタントと打合せ。

そして新しい事務員を面接して即採用

両親が教師で非常にまじめなタイプ。

英語が片言だがこの際妥協。

銀行へ行き手元現金を下ろす。

会計事務所を呼び打合せ。

前任者に倉庫の場所を聞き

倉庫まで行って打合せ。

バタバタと仕事をかたずけ東京へ帰る。

帰りの飛行機で考えたが。

自分の退職によって生ずる会社の事を心配して

自分の転職を都合するなんてことは

日本人にしたらある程度期待できても

他の国の人にとってはありえないことなのかもしれない。

会社に対する忠誠心、仕事に対する責任感は

日本人が特殊であって

それを他の国の人に求めるのは

間違っているのかもしれない。

自分がやめて業務に支障をきたすのは

退職を想定していない会社側に責任があるということか。

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2006年4月18日 (火)

インドネシア人面接 7月帰国組

アイムジャパンから7月帰国の研修生で

優秀な人がいると連絡があり茨城まで面接にいった。

偶然受け入れ先の企業が当社の得意先であった。

実は前回採用したY君は営業の仕事が自分には合わないと

残念ながら3月いっぱいで退職してしまったのだ。

Y君は優秀なのだが、まじめ過ぎる優等生のきらいがあった。

最近のアイムの研修生はこうゆう優等生タイプが多く、

我々のようなベンチャーの求める

ハングリーで・好奇心が強く・上昇志向の強い人材というのに

なかなかマッチしないのかなと思っていた。

アイムがそういう間違いのない優等生をチョイスしているのか

最近のインドネシアの若者の傾向なのかわからないけれど、

10年前に会社を立ち上げた頃はそういう人材が沢山いたと思う。

うちの会社じゃ物足りないと欧米へ出て行った人も何人かいた。

今日面接したC君はめずらしくギラギラ上昇志向が前面に出ている人であった。

早速その場で採用。

後はインドネシア責任者Dが彼を使いこなせるかどうかだ。

明日からマレーシア。

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2006年4月 5日 (水)

ISO9001

複数の得意先から以前より

ISO9001を取得するよう要望があり

取らないといけないと思っていた。

今年は景気が良さそうなこともあり

重い腰をあげ所得準備をすることにした。

製造子会社の佐賀の工場に絞って取得するのが簡単なようだ。

ISOも最近は我々のような中小企業でも取得するところが増え

以前のような形式的に大量の書類を運用するということでなく

小規模の会社はそれなりに運用できることを

やっていこうというようになってきているようで

中小企業としては取りやすくなってきているのかと思う。

今回実際のコンサンタントをして下さる先生と博多でお会いした。

よさそうな方だった。

来年3月申請を目標に準備することになる。

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2006年4月 4日 (火)

三井住友銀行 クイック東京

三井住友銀行からクイック東京という商品で借入

保証協会付きの融資で審査が早いからクイック。

三井住友銀行の話では保証協会の枠は

通常の枠とは別枠でできるとの話だった。

この4月以降保証協会の保証料は

貸し出し先の状態に合わせて変動になる。

http://www.cgc-tokyo.or.jp/topics/pdf/hoshoritsu.pdf

0.5%~2.2%で変動となるというが

どの保証協会も赤字なのを考えると実質値上げに動くと思われる。

そんな予測もあり保証契約は3月に済ませておいた。

借入額 2,000万円

期間7年 短プラ連動 1.875%

保証料 1.3%

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2006年3月31日 (金)

東京都経営革新

中小企業金融公庫の勧めもあり

東京都の経営革新計画に申請していた

http://www.sangyo-rodo.metro.tokyo.jp/shoko/loan/shien/1gaiyo.htm

簡単にいうと中小企業が何か革新性のある事業を

やろうという時に安い金利で融資をするというもの。

4年計画で3億円ほど申込み今回承認が下りた。

承認が下りると・中小公庫や商工中金などの政府系金融機関や

保証協会を使って格安のレート(1%?)で融資が受けられるらしい。

ただし承認が下りたからといって融資を絶対受けられるということでなく

金融機関がまた審査をして融資をしてくれた場合に

格安のレートが適用になるということらしい。

書類を作るのは面倒だったが

金利が1%安くなるとすると300万円コストダウンX融資年数

となるとメリットは大きい。

以前に産学の連携事業で300万円もらったが

こちらはその後5年の報告も含め書類が大変だったが

今回はそれほどではなかった。

現在政府系金融機関と取引がある会社や

保証協会の枠が空いている会社は

今借りている金利を下げるという意味でも

申し込む価値があると思った。

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2006年3月21日 (火)

インドネシア決算

ジャカルタより更新

当社のグループは12月決算であるが

申告期限が国によってずれているので

インドネシアは3月末が期限となる。

2月末の日本の本社の決算は

年後半の電子材料マーケットの急速な回復に助けられたのと

輸入品(中国製)の原料をうまいタイミングで導入することができて

そこそこの決算に仕上げることができた。

インドネシアは製造会社と販売会社と2社あるので

取引が複雑になっているため

会計事務所を交えて修正の真っ最中。

販売会社は現地法人としては結構な利益を出すことができそうだ。

利益の10%を社員の翌年の給与として

インセンティブとして還元する約束になっているので

現地の社員の給与も他社よりはかなり多く出せるはず。

インドネシアに投資を始めて10年になるが

ようやくキャッシュフロー的にも回収が進みだしてきた。

うまくお金を回転させてもっと上を狙っていきたい。

来月はマレーシアの決算

4年目だが少し赤字かもしれない

あまり短期的に見ないで

長期の戦略を粘り強くやっていこう。

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2006年3月 2日 (木)

河南省

06-02-22_20-15 2月21日

宣さんと河南省の奥に移動

顧問のIさんとSさんと合流

技術指導をしている会社の人と合流

飲みすぎだからと白酒を固辞するも飲まされる

1本 /5名

2月22日

顧問のSさんが60歳の還暦の誕生日

工場の人が巨大なケーキを買ってくる

さすが大陸サイズ

誕生日なので白酒を飲まないわけにはいかない

1本/7名

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鄭州

2月19日

成田から北京乗り継ぎで鄭州へ

当社部長と取引先の購買の方と同行

前回の通訳がいま一だったので

青海省から顧問のS先生の通訳の宣さんに鄭州まできてもらう

宣さんは今年中旬から当社の日本で働いてもらう予定になっている

空港に現地の輸出会社の人が迎えにきてもらう

ホテルにチェックインして食事

白酒を固辞するが1本開けられ皆で1本

1本/6名 マオタイ

2月20日

当社が輸入している工場で打ち合わせ

やはり通訳がしっかりしてると仕事はやりやすい

供給量の打合せだが今後増えても問題ないとのことで安心

昼食 地元の高級白酒を飲めと言われる

昼間なので残りは夜飲みますと半分だけ飲む

1/2本 地酒白酒 /5名

ホテルに戻り夕食

輸出商社は3名酒の強いのが参加

飲む気マンマンである

結果 マオタイ3本+地酒1/2本 /7名

へろへろ

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2006年2月18日 (土)

春節明けの中国へ

明日から丸まる1週間中国。

鄭州に行って大連回って帰って来る。

結構ハードスケジュールだ

また例の50度の白酒が待っている。

気を付けていこう。

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三菱東京UFJ銀行の社債

三菱東京UFJ銀行から融資を受ける。

三菱東京UFJ銀行は社債に力を入れているようだ。

社債と言う形式でうちの会社の社債を

三菱東京UFJ銀行が投資家に売るわけだが。

三菱東京UFJ銀行が投資家に対しては

保証をするので投資家もリスクなく預金より利率は良い。

銀行側としても貸し出しではないので

貸し出し残高を圧縮しながら金利が取れるという形だ。

借りる方も金利が安いメリットがあるので

非常に良く出来た商品だと思う。

前回長期のものを全部いったん返済して

1億4千万のものを5年固定で組んでもらった。

手数料を加味した実質年利が2.449%。

今回は返済が進んだ分を折り返しで

新しく単プラ連動の変動金利の商品ができたということで

5千万円を5年変動で実質年利2.169%で借り入れた。

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2006年2月14日 (火)

インドネシアのオートバイ

今年に入りインドネシアの

オートバイの販売が落ち込んでいる。

昨年比30%ぐらい下がっている。

原因はローンの審査を厳しくしたことに加えて

ガソリンの価格が3倍以上に値上がったため。

今回の原油価格の高騰の背景には

イラクへの戦争が背景にあるのは間違いないし、

また今、イランに対し米国が

軍事行動を起こそうとしているのを見ていると

裏に陰謀と計略の手が働いているのではないかと思える。

市民生活に必要な物資の価格が

1部の人間の利権のためにコントロールされる。

そして誰もそれを止めることが出来ない。

こんなことがあってはいけないし

どちらにしても長続きはしないだろう。

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2006年2月13日 (月)

2月7日-11日 ジャカルタ

インドネシアの販売会社の責任者Dの

奥さんが12月に急逝した。

長く交際した後に2年前に結婚したばかりだった

その後インドネシアのお客さんから

納期が遅れていてDが捕まらないと

クレームの連絡などあり

インドネシアに行かなければと思っていた。

Dは表面上は完全に立ち直っていて

3日間同行して客先を回ったが

仕事も前向きに取り組んでいた。

もちろん奥さんを失った悲しみは消せるものではないし

心にしまっているのだろうが

自分はインドネシアの責任者だという自覚が

気丈にさせているのだろう。

うん大丈夫そうだ....

厳しい話なのだが。

私のアジア構想はまだまだ志半ばであって

主要スタッフのDにやる気を失ってもらうと困るのだ。

逆に宿題をもらった。

あるものを中国で生産できないかという話だ。

たぶん簡単にはできないだろう。

またSさんの学のネットワークでアプローチして

技術指導をしていく形になると思う。

そうだ、こういうネットワーク構築が私のアジア構想なのだ。

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2006年1月19日 (木)

バンコクより

バンコクから更新

バンコクはDSLが普及していて

快適にインターネットできる

17日 バンコク入り

大学の研究室の先輩で同業メーカーに勤めるKさんと会食

18日 顧客訪問

アユタヤからゲートウエイシティへ行ってチョンブリ

バンコクは広くしかも工業団地が点在しているので

移動の距離が非常に長い。車にゆられ疲れた。

19日 

東京三菱UFJへ行きGCAMSの書類を受け取る

これで日本にいてバンコクの銀行口座の管理ができることになる

関税が予定外にかかったので

これから利益を出さなければならないと認識を持たせる

20日 帰国予定

帰ったら22日は佐賀で社員の結婚式出席予定

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2006年1月12日 (木)

NDF中国人民元為替2回目

正月はネットで為替レートを見ていて円高が進んでいたので。

大企業が予約を開始する前にやろう思って、

4日は休みだったが為替予約をするため出社した。

連休明けてさらに円高が進み

ひとつの節目の115円を割ってきたので

NDF中国人民元のスワップの2回目を契約した。

1元=14.74円 で 3年間 100万元x18回(偶数月)

ドルの予約と違って、

人民元は上がっていく可能性が高いので

目先は持ち出しになる。

今の人民元のレートが14.24くらいなので0.5円上乗せ。

0.5元というと3.5%くらいなので

3年間の平均の切り上げ幅が3.5%以上であれば損が出ないことになる。

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2005年12月29日 (木)

タイの輸入関税

タイに販売会社を作って

初めてのShippingがバンコクに着いた

輸入関税は事前にJETROで調べると共に

タイの通関業者に確認して

すべての品物が関税1%のはずだった。

しかし現法の担当者から緊急メールがきて

3点の品物に関して10%~12.5%の関税がかかると言ってきた。

理由は、混合物になっているからとか、洗浄剤だからとか言っている。

混合物は主成分のHS-CODEで決められるべきで

洗浄剤という用途で無く、主成分のHS-CODEで決められるのが

国際的なルールだと正論を主張した。

そんなに関税がかかるならタイに在庫を持って販売する意味がなくなるので

粘り強く交渉したが、タイの税関もこれはタイのルールだと譲らない。

結局その3点に関して5%ということで合意した。

これならなんとか赤字にはならない。

関税が中間の値で合意するというのも変な話だが、

これがタイ流ということなのかもしれない。

さて今年ももう終わろうとしている。

アジアとの関係がますます広がった1年だった。

来年もアジアに向けてビジネス展開したいと思う。

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2005年12月21日 (水)

中小企業金融公庫

中小企業金融公庫から融資を受ける。

中小公庫の融資は、

制度融資をのぞけば

基本的には担保主義で、

差し入れた担保の分だけ貸してくれるという形。

今回は担保に差し入れている土地の評価が、

近くに路線価の1.5倍程度での売買事例が出たとのことで、

全額担保の枠内での融資が受けられた。

5000万円 5年固定 1.85%

政府系金融機関の統合・民営化が政府の方針となっているが、

中小企業にしてみれば中小公庫や商工中金のような

政府系金融機関があるから、

金利がある程度に歯止めが利いて押さえられているわけで、

民間の金融機関だけでは、

資金調達能力のない中小企業に対しては、

足元を見るような金利の引き上げが行われると予想される。

政府には中小企業に配慮した統合・民営化を希望。

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2005年12月19日 (月)

NDF 中国人民元為替リスクヘッジ

今年の後半から継続的に、

中国からの米ドル建ての輸入が

月に30万ドル程度始まった。

ところがご存知のように9月以降

一方的に円安が進行してしまった。

今までは東京三菱銀行のFX @BTMで

パソコン上で数ヶ月先までのドル買いの予約を

タイミングを見て行っていた。

円-米ドルは投機の対象になっているから

実に粗い動きをする。

1日で1円以上うごくこともざらなので、

予約するタイミングを逸した時なんかは

これで数100万円損したのかと思うと、

どっと疲れるし、神経に負担がかかっていた。

円-米ドルの為替リスクヘッジのデリバティブ商品は昔から

色々な種類がたくさんあるのだけど、

なんでそういったヘッジをせずに

ズルズル来てしまったのかと言うと、

たぶん私の心の中にドル不信というものがあって

いつか必ずドルは暴落すると信じているからなんだと思う。

そこで今また急に逆に5円ほど円高になったのを契機に

東京三菱銀行でシングルレートNDF(人民元買い予約型)をやることにした。

NDFとはノン・デリバティブ・フォーワードの略で、

為替先物市場がない通貨でも固定のレートを決めて

それより円安になった場合は差額を受取り

円高になった場合は差額を払うというもの。

これだと人民元の切り上げリスクに対応すると同時に

人民元と米ドルがリンクして動くとした場合のドル高もヘッジできる。

とりあえず最低額100万人民元を隔月決済(年6回)で

3年間(18回)を1元=14.85円で予約した。

今後レートを見ながら増やしていく予定。

円-米ドルの為替予約は今後もしていかなければいけないけれど

1元=14.85円より円高にならなければ差額をもらえるので

精神的に楽になるというしくみ。

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2005年12月16日 (金)

持株会の株を売却

某非鉄金属会社の代理店をやっていた関係で、

毎月5万円分その会社の株券を購入するという持株会に入っていた。

もう20年近くやっていたので1千200万円くらいの

買い付け金額になっていた。

去年取引が無くなったため、持株会を退会しようとしたら

その時、株価が下がっていて数百万の欠損が出てしまうので

もう少し持ち株会は続けさせてもらっていた。

ところがここにきてこの株高で

一気に株価が3倍くらいになって

ちょうど高値で売却することができた。

800万円の利益。

まじめに働くのが馬鹿らしくなるような簡単さだ。

会社のお金なので実感がわかないが、

個人で味をしめたら人生変わってしまうのではないかと思った。

株も所詮はギャンブルみたいなものだ。

マネーゲームのプレイヤーが注目されてしまう今の日本だけど。

私は地に足を付けて地道に行きたい。

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2005年12月 8日 (木)

新銀行東京の金利は高い

ココログのアクセス解析で

急にアクセスが多くなった(1日100アクセス)と思って

リンク元を解析すると

yahooで新銀行東京を検索すると

4番目に私のブログがヒットするようになっていた。

新銀行東京はインドネシア並に金利が高いとか

良くは書いてなかったけど

事実関係を書いてあるだけだから中傷ではないよなと思っていると

アクセスがまた通常に戻ったので調べると

yahooで新銀行東京ではヒットしないようになっていた。

他のページはyahooでそのままヒットするので

何らかの削除があったのは間違いない

東京都もけっこうセコイことしますな。

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2005年12月 7日 (水)

セミコンジャパン2005

05-12-08_15-29  今日7日から3日間

幕張メッセで開かれるセミコンジャパンという

半導体関係の展示会に出展する。

半導体を中心とした電子材料は

今年2005年の前半は在庫調整ということで落ち込んでいたが

夏以降急速に回復し今は絶好調である。

予測では2006年度中はこの好景気が持続すると予測されているが

しかし半導体は業界では”変動体”とも呼ばれていてシリコンサイクルと言われる

好景気と不景気の波の上下が大きいので油断は出来ないのだ。

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2005年12月 4日 (日)

インドネシアのオートバイ

11月30日-12月3日

インドネシアの顧客訪問

2002年以降急拡大を続けていた

インドネシアのオートバイマーケットだが

夏以降少し落ち込んできたようだ。

原因はガソリンの値上げ(3倍)と

ローンで買った人が返せなくなっている人が多いので

ローンの審査を厳しくしたらしい。

それでも2002年に年間250万台の販売台数だったのが

今年2005年は500万台を達成するのは確実で

高水準で市場は確実に急拡大してきた。

来年2月以降需要は回復すると見られているが

2007年には700万台までいくという予想がされていたが

当初の予測の500万台というのが

インドネシアの実際の市場規模なのかもしれない。

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2005年11月29日 (火)

三井住友銀行

001三井住友銀行から融資を受ける

5000万円・期間3年・年利2.875%・変動

三井住友は通常の借入があるのだが、

こんど東京都CLOの幹事行が

三井住友なので融資を受けないか

というので一応申し込んで見た。

後日担当者より、

CLOは保証協会の審査が厳しいので、

通りそうもないので”クレセルローン”という融資がプロパーであるから、

それに切り替えても良いかと言う。

別にこちらから融資を頼んだ訳ではないので、資金は必要でないのだが、

ついつい貸し渋り時代のトラウマで、借りられるものなら借りて、

割引手形を減らして調整しようと思ってしまう。

三井住友もこちらから融資を頼むと審査がやたら長いくせに、

向うから商品を持って来た時はやたら審査が早く、すぐ借りてくれという。

緊急の資金のあてにはしないで付き合っていくとするか。

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2005年11月27日 (日)

アジアの日本

新聞やテレビではさかんに

少子高齢化により日本の国力は下がり

政府の財政赤字は膨らむ一方で

年金は未納者が多く実質破綻していると

マイナスイメージの報道を繰り返している。

危機意識を煽ることも大事だと思うが

マイナスイメージが人の心に与える弊害は大きいと思う。

今の子供は将来に希望が持てなくなり

本当にかわいそうだと思う。

社会は子供や若者にもっと希望がある未来像を提示するべきだ。

ただ言えることは日本という枠からもうひとつ視点を広げれば、

中国を含んだアジアという地域は

これから最も発展するエリアであることは

間違いのない事実であり

そのアジアの中で日本がやるべき役割はたくさんあると思う。

米国追従の政治はもう時代に合わないのではないか、

アジアの日本として主体的に動く時が今来ていると思う。

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2005年11月13日 (日)

工場見学

05-11-11_15-29 某社団法人の研修会で

私の前の青年部会長のOさんの

土浦の新工場を見学させてもらった

Oさんの工場は大型プラスチックの成型メーカー。

ブロー成型をメインとして射出成型もやっている。

この平成不況といわれるなか今年土浦に新工場を立ち上げた。

なにかそのノウハウの一端でも勉強できればと見学会を企画した。

つくばエクスプレスに乗ってつくばへ。

工場に着くとまずその広さに圧倒される。

元建設会社の遊休地を格安で借られたそうで

土地8,000を坪を¥500/坪で

建物3,800坪を¥100/坪で借りているとのこと

機械設備も廃業する同業者のものを買い取ったそうだ。

社員も外国人が多く(賃金¥120.000/月)人件費は押さえられている。

また手作業の仕上げや、倉庫管理・配送は社内外注に任せてしまっている。

大型の成型品で少量多品種・短納期であるから

海外から安いものが入ってくることはないし、

このコストではなかなか勝てる同業はいないのではないかと思った。

実際にやめていく同業者が多い中、

仕事は逆に集まってきて非常に忙しいようで、

24時間操業で、休みは三が日と電気のメンテ日の年間4日だそうだ。

原油の高騰から原料が上がってきているのが頭が痛いそうだが、

始めたからは走り続けるしかないと、

決意を熱く語っていた。

日本の製造業でも変化をうまく捉えて

コストを抑えて集中すれば、やっていけるというすばらしい見本だった。

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2005年11月 8日 (火)

bangkok

05-11-08_12-41 1 1月2日 tokyo-bangkok

タイ航空でバンコクへ

祭日を挟んでいるためか

飛行機は満席

11月3日

新しく設立したタイの販売会社の

現地側出資分を振り込む

名義借りでやっているため

実質は日本サイドからの出金だが

タイバーツに替えて現地から振り込まねばならないため

現金を持ち歩かなければならなくなり結構緊張した

現地出資分51万バーツ(約150万円)なので

日本円としてはそうでもないが

貨幣価値が違うので大金を運んでいる気分になる。

無事振込みが終わり会社設立が完了。

11月4日 bankok

会社設立したからは

商売を開始しなければならないわけで

アユタヤのお客さん訪問

サンプルテストの結果が出ていて

量産テストの注文受注。

そして2時間半移動、バンコクは広い。

ゲートウェイシティのお客さん訪問

現在日本からデリバリーしているものを

新会社よりの販売に切り替える打合せ。

了解を得られ、来年より新会社が販売する。

お世話になった駐在Sさんが帰国することになり。

夜1時まで飲む。

11月5日 bangkok-tokyo

移動日 

飛行機満席しかも真ん中の席

疲れた

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2005年11月 7日 (月)

KL-tokyo

05-10-27_10-48

バタバタと忙しかったんで

まとめて書かせてもらいます

10月26日:Tokyo-KL

KLにつくと

マレーシア販売会社の

Fが待っていた

会うのは半年ぶりだ。

仕事が軌道にのってきたので元気そう

Serembanのホテルに移動

Fと食事

10月27日 seremban-melaka

事務所をコストダウンのため

Shah Alam 賃料RM2,000(約6万円) から

Seremban RM380に移った。

場所が田舎というだけで広さは十分

価格は5分の1

ここはFが自主的にコストダウンのために提案して来た事で

彼なりに会社の経営を考えてくれている。

午後からマラッカのお客さんを訪問する

担当者のMalaysian Chineseの人と夜会食

ラマダン(断食月なので)昼食ヌキだったので、

日が暮れると(日が出ている間だけ飲食・喫煙禁)

海辺のレストランで海鮮を食べながら

ビールをガブ飲みし

そのままカラオケで1時まで。

マレーシアのカラオケは他のアジアの国より高い

やはりイスラム教が厳しいのが影響している。

10月28日 selenban-ipoh

セレンバンからイポーへ

イポーのお客さん訪問

この日もプアサ(断食)決行

KLIA空港の近くのコンコードホテルで日暮れをまち

Fとブカプアサ(断食後の食事)のビッフェを食べる。

ホテルはプカプアサの人で一杯

10月29日 KL-tokyo

移動日

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2005年10月25日 (火)

KLへ

明日から29日まで

マレーシアのクアラルンプールへ行く。

マレーシアの販売会社が軌道に乗ってきたので激励と、

責任者が自らコストダウンのため移動した新事務所を見て、

新しい顧客を回ってこようと思う。

私の目で見たらコッチのアレをココに売れると思うことがあると思うので。

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2005年10月21日 (金)

インドネシア人面接10月帰国組

アイムジャパンより優秀なインドネシア人帰国生がいるとの

情報があり鳥栖に面接に行く

面接ではいつもはっきり言うようにしている

:トヨタやホンダのような大きな会社に入って

給料は極端に多くはもらえないけれど安定している会社と。

:当社のような小さい会社だけれど

やればやっただけ人の何倍も

給料を貰える可能性があるけど

平均以上にやってくれないとクビになる会社。

2つの選択肢のどちらがいいですかと?

今回の研修生は大企業に入りたいと言った。

ガックリ...

それはそれで生き方の問題だし

せっかく日本に研修にきて大企業に入れる資格を得たと考えれば

それを利用するのもよかろう。

なんかだんだんインドネシア人も

ハングリーなのがいなくなっているのかも。

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佐賀工場で生産会議

営業部長と合流して

佐賀工場で生産会議

半導体向けの製品が現在好調な為

増産に向けての体制の打合せをする

忙しいのはありがたい話だ。

工場長と部長と3人で飲む。

工場移転から現在までの苦労話に花が咲き2時まで飲む。

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2005年10月19日 (水)

研修会

某社団法人の勉強会。

いつもお世話になっている(財)アイムジャパンに

インドネシア人とタイ人の受け入れ事業について説明してもらう。

これまでに2万人以上の受け入れの実績があるというのに驚く。

労働人口が減少していくなかで

いずれ何らかの形で外国人に門戸を開放しなければ

ならなくなる時が必ずやってくると思う。

そういうとき相手国の政府の推薦で、

優秀なそしてやる気のある若者を選抜して、

研修生として受け入れるのはお互いの国にとってメリットのある形だと思う。

ただそれには現在の3年間というのは少し短い気がする。

せめて5年の滞在期間の認可が下りれば良いのにと思う。

第二部は当社顧問で中国に駐在している

SさんとIさんに”今中国で何が起こっているか”というテーマで

講演をしてもらった。

聡明なお二人の中国に対する分析はなるほどと思わせるものがあった。

解終了後その場で懇親会。

その後2次会、3次会。

あいかわらずSさんもIさんも元気だ。

元気な人と飲むのは楽しい。

このところ飲む機会が多くなってしまった。

嫌いじゃないので、ついつい深酒してしまう。

もう若くはないんだが、

まあ行けるとこまで突っ走ってみよう。

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2005年10月11日 (火)

タイにて10月2日-7日

バンコク2日~5日

バンコクの販売会社の設立も目前となり

設立を手伝ってもらっているコンサルタントの方

銀行そしてバンコクのお客様と

細かい打ち合わせ。

タイは外国の植民地になったことが無い為か

外資・外貨に対する規制が厳しい

外貨の送金には証拠書類の提出が求められるし

今回の投資も名義借りでなんとか設立できた。

(ちなみに日本人がタイ人と結婚しても

財産はすべてタイ人の配偶者名義にしなければいけないそうです。)

ガソリンの値上げからタイ国内の輸送費が上がってきている

もともと人件費は安いので運送屋のコストとしても

ガソリンの価格が占める割合が多いから

ガソリンが上がるとすぐ輸送費が値上げになる。

なんとか数ヶ月分の在庫を1度に送って

コストダウンした分をタイの販売会社の経費に当てる絵を描いてみるが

まだまだ利益が足りない

現在サンプルテスト中のお客をなんとか決めたい。

チェンマイ10月5日~7日

今年のチェンマイは雨が多く

洪水による床上浸水が3回もあったそうだ。

日本からの駐在の方も避難したりで

ご苦労されているようだった。

チェンマイのお客様は

輸送費の値上がり、VAT(消費税)の還付の問題などもあり

現在どおりに日本からの直接輸出とする

当面私が営業面でフォローするようになる。

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2005年9月23日 (金)

中国の時代

最近中国に行くことが多くなり

中国を知れば知るほど

遠くない将来に経済は中国中心の時代が来ることを

確信するようになった

その理由として

:人口が多い

労働力としてマーケットとして期待できる

:経営者・学界・行政の指導的立場の人が若い(40代)

文化大革命は中国の経済発展を阻害したが

その結果50代・60代の世代は失脚し現在は若い世代が国を動かしている

これは経済発展の変化の大きな時に丁度適している

:お金儲けの好きな国民性

東南アジアにいくと食べ物に困らなければ

のんびりしたいという人も多いが

中国人は根っから商売が好きな国民の様である

東南アジアの経済の中心に華僑がいることが

これを証明している

:中国国内は資源が豊富で

色々な産業が育成されているので

たいていの原料は中国国内で調達できる

FTA時代になっても税関は消えないだろう

税関を通すコストをかけずに

原材料が調達できるというのは大きなメリット

今は輸入する現材料よりも

品質が劣るかもしれないが

近い将来同程度にすぐ追いつくだろう

:IT技術が広い国土の情報を共有化させる

中国は広い

今まではその広さゆえに

同じ中国国内の情報がうまく伝達されなかったのが

急速に進むIT情報化で

情報の流れの速度は一気に加速するだろう

こんな理由で中国が経済の中心になることは

間違いがないと思っている

その時米国は政治的な覇権を握っていられるのだろうか

米国追従の日本の政治が変化を迫られるのは間違いない

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中間体工場訪問9月21日

05-09-21_13-04 さらに河南省の内陸に移動

中国では珍しいものを食べさせるのが

最高のごちそうという文化がある

いままで蛙・蛇・兎・鳩などいろいろなものを食べたが

今回はサソリを食べた

から揚げにしてあるので川海老みたいだ。

今日の目的は我々の作ろうとしている製品の

中間体の工場があり

製品の品質も良いという情報を入手したため

将来のライバルになり得るかという調査と

原料として中間体を使えるかという可能性の調査。

顧問SさんW博士の学のネットワークのアレンジなので

ウェルカム大歓迎状態。

しかしこの会社もご他聞にもれず大先生がいて

しかも市がハイテクをバックアップしているので

意見を言う取り巻きが大勢いる

我々の作っている最終製品まで作りたいようで

是非技術交流しましょう

日本の総代理はあげます

一緒に儲けましょうと

中国流というか調子の良いことを

さかんに言ってくる。

価格を聞くと中間体の価格も決して安くはない。

商売っ気たっぷりという感じ。

私は一緒にやるのは難しいと判断した。

ただ今回サンプルを持ち帰って分析して品質が良ければ

高いけれど原料として使う可能性はある。

今後どこかの外資とくっついて

最終製品まで作り始める可能性は高いが

まだまだ時間がかかると判断した。

そのまえにX社を立ち上げ

中国国内のマーケットを押さえてしまえば

良いだろうというのが我々の結論。

昼食 白酒 2本 8人

夕食 白酒 4本(茅台マオタイ 最高級酒 50度) 10人

いいかげん胃が疲れた

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技術打合せ9月20日

X社工場で技術打合せ

この工場と技術提携をして

1年半になったが本当に

順調に製品の改善が進み

あとちょっとで当初の目的まで

いけるところまできた

こんなに順調にいくのは中国では珍しいケースなのだが

その理由を考えてみると

:技術者が若く柔軟な考えで

日本側の提案を素直に聞いて改善・改良してくれる

(中国の企業では尊大なプライドを持った大先生が

技術のトップにいることが多く

自分のやり方に自信を持っているため

アドバイスをしても進まないことが多い)

:田舎でみんな純朴な人柄で金儲けに先走らず

良いものを一緒にじっくり作ろうという気持ちがある

:顧問Iさんの専門領域なので的確なアドバイスができ

中国側にも絶対の信頼がある

:顧問SさんW博士の学のネットワークの

紹介で始まったので我々は非常に信用されている

:改善された製品は中国国内はX社が自由に販売できる契約なので

完成すれば中国側も大きな利益が期待できる

といったところだと思う

技術的に本当にあと少しだが

この少しが難しいのかもしれない

昼食 白酒 2本 8人

夕食 白酒 2本 6人

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鄭州へ9月19日

河南省の鄭州へ北京経由で入る

鄭州空港でみんなと合流する

今回のメンバーは

大連から当社技術顧問のIさん

青海から当社技術顧問のSさんと通訳の中国人Xさん

上海からK研究所のW博士

W博士は清華大卒の天才肌

そして技術提携をしているX社の人たちが迎えに来てくれる

鄭州からさらに内陸の都市へ

ホテルにチェックイン後みんなで夕食

製品の輸出をやってくれている中国商社の人も合流する

中国の内陸に入ると必ず飲まされるのが

白酒(パイジュウ)と呼ばれる透明な40度~50度の酒

これを30ccくらい入る小さな杯で乾杯する

乾杯(カンベイ)と言えば中国では一気飲みのことで

一気飲みを全員で2回やったあとさらに

なにやら理由を見つけて気が合った人と乾杯を続ける

随意(スイイ)といって一気を避ける方法もあるが

大抵の場合許されない

今までこの酒で何回つぶされたか数えきれないが

中国では宴席でつぶれるということは

心を許して飲んだということで

全く失礼にはならないらしい。

今日の白酒は40度だったので

まだ飲みやすかった

仕事の話は明日にしようといいながら

みんな仕事熱心なので

ついつい仕事の話も混じってしまう

みんなで白酒2本空け(飲む人8人)

ほどよく酔っ払ってお開き

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2005年9月13日 (火)

取材を受ける

ベンチャー企業向けの

フリーペーパーの取材を受けた

発行部数は5万部らしい

数ヶ月後に掲載されると思う

1時間くらいインタビューを受けた

後日掲載予定の文章がメールで送られてきた

驚いた

やっぱプロはたいしたもので

1時間のインタビューで私が言いたかったことが

本当に良くまとまっていた

しかもかっこよいドラマのようだ

このブログのこともちょっと書いておいた

アドレスも張ってもらおう

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2005年9月10日 (土)

バンコク販売会社設立へ

会社設立準備と得意先周りで

バンコクへ行ってきた

会社名が決まって

日本の法人名(Thailand)Co.,Ltdとなった

似たような社名があるのか(味の素?)

カッコ無しは通らなかった

実際はタイ文字で登記するので母音も何通りかあるのだけど

味の素と同じタイ文字を選択

次は発起人の登録をする日本側が3名と

タイ4名(うち1名社員・3名名義借り)の登録

定款はなるべく幅広く取っておいたほうが良いとのことで

輸入・輸出・卸売・小売・製造・輸送とした

扱うものは特に指定しないでよいとのこと

これで登記はすぐに完了の予定

次は輸入ライセンスを取るのだが

これが時間かかるかもしれないとのこと

もうお客にもうすぐ輸入できますって言っちゃってるので

なるべく早く進めたい

Gさん宜しくお願い致します

*********************

その後、卸売・小売・製造に関しては

扱う品目が必要ということになりました

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2005年9月 3日 (土)

インドネシア販売会社倉庫

05-09-02_16-00 インドネシアの販売会社で買った倉庫

製造会社のすぐとなりで立地は最高

800m2で8億ルピア(約1千万円)

なかなか良い買い物であったと思う

今回の購入にはインドネシアの販売会社が

ローカルの銀行から融資をうけて購入した

日本の親会社がギャランティして

日系の銀行から融資をうけたほうが金利は安いが

自分たちのことは自分たちでやっていくという形にしていきたいし

お金を借りる大変さを解ってほしいとの考えもある

ともあれインドネシア販売会社は順調に推移している

来年は製造会社と合併して

販売会社を存続会社にしていくことを検討している

明日はバンコクに移動

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インドネシア販売会社営業

インドネシアより更新

8月帰国組みで内定していた

アイムジャパン研修生より連絡あり

すぐには働けないと内定を断ってきた

親からしばらく実家にいるように言われたらしい

もっとも日本の研修期間にかなりの貯金ができるはずなので

そんなすぐに働かなくてもいいと思うのは無理のないことかもしれない

しかし我々はそんなアンハングリーな人間に用はない

9月帰国の内定した研修生に期待しているし

また追加で1名日本で面接していきたい

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2005年8月31日 (水)

インドネシア人面接 9月帰国組

このブログで何度かご紹介した

(財)アイムジャパンより

帰国するインドネシア人で

優秀な人がいると連絡があり

千葉まで面接に行く

その会社に6名いる研修生のなかで

日本語検定2級が受かったのは彼だけらしい

休日もボランティアの人が開催する日本語学校に

通って一生懸命勉強したらしい

まじめな良い人であった

人当たりやわらかい印象で営業向きと判断

インドネシアの販売会社の営業として

その場で採用決定

インドネシア人の営業今年2人目の採用

今年は星占いでは人を採用するのに良い年らしい

実際いい人材が取れていると思う

明日からジャカルタとバンコク出張

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2005年8月27日 (土)

佐賀工場でミーティング

なんとか台風を避けつつ

名古屋から佐賀まで移動

佐賀工場でベンチャー企業Mのメンバーと

うちの製造担当と打ち合わせ

このところクレームが連発していたのを

なんとか収まったので

今後は増産していこうという前向きな話

夜はライブバンドの入った飲み屋で大騒ぎ

台風で欠航便多数のため帰り便大幅に遅れて

福岡空港ラウンジで3時間、黒白波を飲み続け

夜遅く東京へ帰る

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2005年8月25日 (木)

名古屋原料メーカー訪問

ベンチャー企業Mのメンバーと

名古屋の原料メーカーを訪問

特種な技術で特徴のある製品を作っている

日本でもこういったオリジナルの技術を追求していけば

まだまだ製造業の生きる道があるのかもしれない

ただ問題は特徴のある製品のアプリケーションであり

ある程度の規模をもったマーケットである

我々もまだ見えないマーケットのために製品開発をすることになる

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2005年8月24日 (水)

りそな銀行

りそな銀行はインドネシアのりそなプルダニア銀行から、

現地法人が借入があるため

以前は日本の支店とも取引があったが

公的資金投入があり金利も良いものが出なかったので

取引が中断していた。

最近は中小企業向けの新規開拓に注力しているとのことで、

今回の融資も以前の支店とはちがう支店の取引。

無担保3000万円 期間1年 2.5%

実績がつけば次の折り返しはもう少し長期にしてくれる予定

これだけだとスポット的な取引になってしまうが

手形割引枠7000万円 1.375%の短プラ

これは他行より安いので他行の金利上昇にプレッシャーがかけられる

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2005年8月17日 (水)

10倍・100倍理論

アジアに事業を展開するにあたって

手元現金を現地の従業員に預けるということが

必ず起こると思いますが

いったいどのぐらいの金額まで与信を与えるか考える時

貨幣価値が違う国の場合悩ましいものです

その時自分なりにいつも目安にしているのがこの10倍・100倍です

:その人の月給の10倍のお金を預けてもまず間違いは起こらない

2ヶ月分のお金を貸したまま逃げられたドライバーもいましたので

もちろん信用できる人というのが基本です

:その人の月給の100倍のお金が手に入れられる状況は絶対に避ける

人間というのは弱い生き物です

あなたも自分の月収の100倍が手に入るとしたら

多少ヤバイことになる可能性があっても心が動きませんか?

そういうことを考える可能性をすべてつぶして

100倍のお金が犯罪行為によってさえも手に入らないようにするべきです

相手信用するということは大事ですが

相手の心に魔が差さないような環境を作るのも大事だと思います

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2005年8月10日 (水)

大連にて8月8日

上海K研究所のJ博士と無事合流

Jさんは日本に長く住んでいたことがあり

日本語はペラペラだ

Jさんが言うには日本に留学した中国人は中国に帰って

国の研究者になることが多く

欧米に留学した中国人は企業の開発者になることが多いという

何か日本の学界を象徴している話だ。

JさんとIさんとSさんとD大学へ行く

D大学は我々が技術提携しているR社に出資をしており

R社の研究開発はD大学で行われている

IさんはD大学で研究の指示をすることになるが

どうも大学のW教授がR社から研究資金をもらっていないのを不満に思い

この研究がうまくいってもR社で事業化するつもりはないと言っているらしい

W教授は今一番動いてくれている人なので彼がやる気が無くなるのは痛い。

R社の幹部とD大学の教授3名とD大学で打ち合わせをする

私がこうゆう問題があるようだがとはっきり言うと

R社の人も教授のリーダーも初耳だったようでびっくりしていた。

我々が技術協力するのにR社とD大学が一体でなくては困ると主張し

中国サイドとW教授と話をして合意できたようだ。

Jさん言うにはこういうことは中国では非常によくある話で

中国の知識人はバラバラで組織で動くということはまず無いそうだ。

その後、我々の開発テーマの優先順位について話し合う

4時間近くのミーティングの後、散会。

Sさんは上海経由で日本に帰国の予定で分かれる。

ホテルに戻りR社の幹部と今後の経営について話し合っていると。

Sさんが上海便が台風で欠航になったと戻ってくる。

しゃぶしゃぶのような鍋を食べる

肉は牛と羊、白酒(50度)を少しとビール

大連は気温32度でエアコンの効かない部屋で

汗をかきかき食べて飲む

食事の後皆でカラオケへ

Sさんは欠航になったのを幸い歌いまくっていた

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大連にて8月7日

中国で技術指導をしてもらっている

日本人技術者、Iさん(大連駐在)、Sさんと大連で合流

台風で飛行機が遅れ

上海K研究所のJ博士の到着は夜中になってしまった

3人でIさんの星海のアパートにいく

大連人家という大連でもお金持しか住んでいないアパート

すばらしい部屋がRMB3,000/月で借りられる

打ち合わせ後IさんとSさんと海鮮料理を食べに行く

料理といっても生かあるいは蒸しただけ

シンプルだけど鮮度がいいのでうまい

生:ウニ(殻つき) 渡りガニ ヒラメ エビ

蒸:渡りガニ エビ

大連は生で海鮮が食べられるので日本人としてはうれしい

これにビール(たくさん)と中国ワイン(2本)を飲む

その後星海公園で世界のビールフェスティバルがあるというので

またまた出かけていってビールをしこたま飲む

Iさんの大連駐在員生活は没問題(メイウエンティ)のようだ

大連は本当に日本人が暮らしやすい都市だと思う

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2005年8月 6日 (土)

新潟へ営業

8月5日

中国で技術指導をしてもらっているIさんと

製品一緒に開発をして販売の窓口をしてもらっている

ベンチャー企業Mの方々と

新潟のお客さんのところへいく

新潟も東京と変わらず暑い日であった

Iさんと私は技術的にしっかりやってますというプレゼン

感触はなかなか良かったと思う

帰りの電車ではIさんの大連の話で盛り上がる

Iさんは明日から大連

私は7日から大連に合流

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2005年8月 4日 (木)

事業承継

8月3日青年部会長を務める

某社団法人の研修会

グループディスカッションで事業承継を取り上げる

中小企業にとって避けては通れない大問題だ

微妙な話題なので話がはずむか心配したが

時間を大幅にオーバーして話は盛り上がり

中身の濃い良いディスカッションが出来た

みんなが共通に抱える問題として

自社株の相続の問題

後継者にどう納得させて継承させるかの問題がある

皆問題を抱えながらなかなか相談できないことを

話せたのは良かったのではないかと思う

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インドネシア人面接 8月帰国組

8月2日インドネシア人の面接

インドネシアの販売会社が好調で

営業の増員をしようと思っていたところに

某財団法人からいい人がいると情報があり

川崎3名と山梨1名面接に行く

前にもこのブログに書いた財団法人で

優秀なインドネシア人を日本企業に派遣している

そのインドネシア人が3年の派遣期間が終わる前に

派遣先企業に行って面接するわけだ

インドネシアに帰った後に集団面接会場で面接する方法もあるが

派遣された企業の社長さんから

インドネシア人の勤務状況を聞き

どのような環境でどのような社長さんのもとで

3年間を過ごしたかを知るのは

そのインドネシア人の日本というものに対する印象を

左右する問題だけに重要だと思っている

結果的に川崎の金型メーカーに派遣されていた子を採用する

20歳だが非常に頭の良い人だった

大企業で安定した生活を目指すか

うちの会社でやればやっただけのものはもらえるが

出来なければやめてもらうがどうするか聞くと

その場でチャレンジしてみたいと言った

今後の成長が楽しみだ

派遣先の社長も若い2代目だそうだが本当に良い方で

この社長の下で育ったなら間違いないと思った

彼を手放すのが本当に惜しいようだった

なんか本当にイイトコ取りをしているようで気が引けるが

私も彼には最大限のチャンスを与えていくつもりだ

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2005年7月30日 (土)

タイ販売会社設立へ

7月24日から27日までバンコクへ行ってきた

販売会社を設立するにあたって銀行に情報を聞いたりした

銀行は名義貸は違法なのでお勧めはできないという

銀行の言うことはもちろん正論であるけれど

とりあえず最小の形態で

リスクはあるにせよスタートすることにした

始めないことには何も始まらないし

将来的に理想の形になっていけばいい

最悪資本金をあきらめて撤退すればよいのだ

会社のスタート時の形態として

:当面外国人のワークパーミットを取らない

女子事務従業員1名、資本金100万バーツ(300万円)での設立

:タイ側株主は名義借り発起人3名+女子事務従業員

名義借り株主3名に10%ずつ

女子事務従業員21%

日本サイド49%で株主登記

タイ側株主からは名義書き換えに白紙委任状をもらっておき

いつでも株主の変更ができるようにしておく

:登記するサイン権者は当面事務員とする

事務員をサイン権者にすることで

サイン権を悪用されることも可能性としてあるが

彼女にもよく言い含めたし

彼女を信用することにした

心配すればきりが無いわけで

経営者として社員を100%信用することはいけないが

全然信用できない人は経営はできないと思う

銀行のサイン権は登記のサイン権と関係なく登録できるので

私のサインと印鑑を使用する

:取締役は私1名

タイでは取締役はワークパーミット所持者でなくてもよい

ホントに最小限のスタート

まあこんな会社もめずらしいでしょう

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2005年7月20日 (水)

夏季賞与査定

夏季の賞与の査定をする

なるべく公正な査定になるように

計算式をつくって査定をしている

営業は実績+役員査定

事務と現場は出勤状況+役員査定

中小企業なんだから出来るだけダイナミックに

儲かった年は多く

よくやった人には多く

かなり差があるような支給をしてきた

最近業績が少し落ちていて

あまり全体に多く支給できないのが悲しい

それでも個人の差は大きくつけるようにしている

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2005年7月17日 (日)

台湾クレーム処理

明日から台南のお客様のところへ

製品に不具合が発生し

日本と現地の商社の人に同行してもらう

クレーム処理なんで少し気が重い

*****************************

の予定が台風のため予定キャンセルに

なんかまだ台湾からは呼ばれていないようだ

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2005年7月12日 (火)

東京で面接

倉庫の4トン車のドライバーの人が

定年で退職したので

代わりの人を雇うため面接をしている。

新聞の折込で広告を出して

22歳~50歳で経験のある方で募集をかけた

結構募集あり明日をいれると25名くらい面接する。

面接は初対面の方のもヅケヅケ好きなことを聞けるから

結構好きな仕事のひとつ。

必ず聞くのが家族構成と御両親のこと

やっぱり人間は家族から影響を受ける部分が

逃れ様がないぐらい大きいと思う。

自分は何事も直感で判断するタイプなんで

履歴書の内容より会って話した感じで判断してしまう。

会って10分ぐらいで何がわかるかと思うでしょうが

恐ろしいことに人間会って話をすると

言葉だけでなく、その方の話し方や、しぐさ、表情などで

大体どんな人か分ってしまうものだ。

これは外国人を面接する場合も同じで

顔を良く見て、話し方を見ると言葉はわからなくても

それで判断して大きく間違わない。

その判断は昔はかなり自信があったのだが

最近日本の若い人が全くわからなくなってしまった。

いい人だなと思って採用すると、

こんなはずじゃないのにって感じで

試用期間にやめてもらうケースが出てきた。

それは私が日本の若い人が出すシグナルを

理解できなくなってしまったのだろうか。

でもアジアの他の国の人たちのシグナルは今でも判りやすい。

とにかく日本の若い人は私とはちがう

なんか複雑なシグナルを出していることは確かだ。

それは進化なのかもしれないし病なのかもしれない。

複雑な”ひだ”のある感じ。

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2005年7月 6日 (水)

基礎データ取り

佐賀の工場にて新製品の基礎データ取り

これがうまくいけば

中国の技術提携をした会社の原料が使えることになる。

専門的に言ってしまうと、

分散剤と電解質の量とPHの3つのパラメータを振って

分散性のデータを取る。

地道な作業です。

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2005年7月 5日 (火)

タイ販売会社設立問題点

タイの販売会社設立で問題点が色々合って

:外資は50%以上の株式を持てない

タイ人の名義を借りてやる方法があり、

例えばタイ人は51%

日本サイドが49%投資した形をとる。

ただ51%のタイ人も持株比率を分散させるため

4名程度10%程度に分ける。

名義を借りたタイ人から予め白紙委任状と

株主名義変更届けにサインをもらっておく必要がある。

:外国人のワークパーミットを取るには

タイ人を10名雇う必要がある

立ち上げの段階では10名も必要ないので

コストがいきなりかかるのは悩ましい。

じやあ日本人のワークパーミットなしでいこうとなると。

:ワークパーミットのない人はサイン権者になれない

そうすると誰かを信用してサイン権者として登記することになる。

銀行はサイン+印鑑でしかお金が動かないようにして

印鑑を管理するとして

サイン権者の権限でどこまで出来てしまうかが不安要素。

7月24日からタイに行くので

もう少し色々調べる必要あり。

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2005年6月28日 (火)

JETRO

JETROライブラリーに日本からタイに輸出した場合の関税を調べに行った。

海外に営業所を作るたびにその国の関税をJETROに調べに行っている。

関税を払わずに保税倉庫を使うか・関税を払って普通の倉庫を使うか

どちらがコストが安いかシュミレーションするのに必要なので。

JETROの東京本部はアークヒルズに移転していて広くキレイになっていた。

実行関税率表で調べたいアイテムのHS-CODE(国際統一コード)を調べ

こんどはHS-CODEからその国の関税を調べるわけだが

タイは関税の変更が頻繁に行われているようだ。

2004年に大幅な引き下げがあり

通常の倉庫で関税を払った方が安上がりの感じ。

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中小企業金融公庫

中小企業金融公庫から融資を受けた。

中小公庫は基本的には担保主義で

担保の分だけ貸してくれる形だが

金利が固定で安いので中小企業としては大変助かる存在。

ただバブル以降東京の地価は下落を続けているので

返済が進んだ部分の折り返しの融資を受けようとすると

担保割れして折り返せないという場合があるわけだけど

現在は移行措置として担保割れの部分は金利を上乗せして

ある程度融資をしてくれる場合がある。

今回は 金利5年固定で 担保部分1.45% 担保割れ部分3%

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2005年6月27日 (月)

S社株主総会

取引先のS社の株主総会で長野へ日帰り出張。

S社の株主総会は私が社長になってから9年間

毎回出席して必ず質問をするようにしている。

9年前は”異議なし””異議なし”の内輪の株主の連呼の中、

質問をするとなんか奇異の目で見られたものだが

今回は違和感の無い中ちゃんと質問でき

きっちりとした回答もいただけた。

日本でもライブドア騒動もあり

グローバル化していくマーケットの中で

株主説明責任の考えが広まってきているのかもしれない。

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2005年6月24日 (金)

新銀行東京その後

融資の申し込みをした新銀行東京から回答がきた

とんでもなく高い金利で年利が

期間1年7.3%・2年8.3%・3年11%だそうだ

インドネシア並じゃないか

当然借りるのは断った

申込書を書くの結構大変だったんだよな

疲れた

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バンコクで面接

05-06-21_13-37 新しく立ち上げるタイの販売会社のために

知り合いの会社に英語を話せる事務員で

良い人がいたら紹介をして欲しいと頼んであった。

適当な人がいると連絡があったのですぐバンコクに行き

女子事務員の面接をしてきた。

とてもまじめな良い子で給与面の交渉はあったものの

その場で採用が決定し7月中旬より働いてもらえるようになった。

そもそもこの話は今年始めタイを出張で担当していた

日本の本社の営業が退職してしまった時に

代わりに誰かを日本から出張で行かせることも考えたのだけれど

どうせなら腰を据えて現地に販売会社を作りたいと思い

いろいろな人を頼って調べているうちに

なにか不思議な力に導かれるようにトントンと話が進んで

事務所は間借りできるようになり

色々な設立上の問題点もクリアでき

今回すんなりと人も決まってしまった。

秋ごろには会社設立が出来ると思う。

うまくいくときは本当に神様がセッティングしてくれたように

すべてのタイミングがかみ合ってくるようだ。

逆にうまく行かない時の場合は

いくら頑張ってもタイミングが合わなくて

私はそういう時は縁が無かったんだと

あきらめてしまうことが多い。

とりあえず輸入・デリバリー・回収をする最低限の機能だが

将来的に日本語を話せるタイ人の営業をゆっくり選んでいきたいと思う。

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2005年6月18日 (土)

インドネシアの販売会社

05-02-16_12-10 インドネシアの販売会社の責任者のD

Dとの付き合いはもう10年になる。

Dは某財団法人が

日本の企業に派遣した研修生だった。

このシステムはインドネシア人にとっては

ビジネスチャンスになっているので

私は応援しているので誤解されると困るが、

研修生とは言うものの実際の受け入れ側の

日本企業では人材不足の建築業などに

労働力として使われることがままある。

それでも派遣される研修生は優秀なインドネシアの学卒を

選んで送り込んでいるのだから

どんな環境でも勉強する人間は勉強するわけで、

Dも2年間建築現場で働きながら日本語を覚えたという。

私は当時インドネシアに製造会社を立ち上げていて

日本から派遣する技術者の通訳を探していた。

財団法人の研修正が帰国してその足で開かれる面接会場で

Dに始めて会った。

一応面接なので髪もきちんと切った子が多い中で

Dは肩まで髪をのばしていて

2年間の在日とは思えないほど日本語が上手だった。

なぜ髪をのばしているか聞くと

日本はトコヤが高いので伸ばしたが

仕事が始まればすぐ切りますと悪びれずにいった。

私はおもしろい男だなと思いその場で採用し

インドネシア人の従業員第1号になった。

製造会社は当初インドネシアの華僑と合弁ではじめたので

(その後通貨危機もあり100%買い取った)

会社のマネージメントはその華僑が担当した。

ローカルのインドネシア人と華僑の間には日本人にはわからない壁がある。

ご他聞にもれずその華僑と優秀なインドネシア人Dは仲が悪かった。

ある日Dが華僑にいろいろな嫌がらせをされるので耐えられない

会社を辞めさせてほしいと言ってきた。

私はDはかけがえのない人材だと思っていたので

将来販売会社を作るのでもう少し我慢してくれと引き止めた。

そうして日本人の技術者が帰国したあと

販売会社を作ってDを引き抜いた。

華僑のマネージャーは散々いじめていたくせに

優秀な人材を引き抜かれては困ると文句を言った。

販売会社が立ち上がるかどうかは半信半疑だった。

私も海外で販売会社を作るのは初めてだったし

Dも営業は初めての経験だった。

日系企業を回ったが半年間注文は無かった。

初めて2人で1万円の注文を取り

喜び合ったことは今でも忘れられない。

その後インドネシアの経済の復調

特にオートバイ産業の拡大に助けられ

会社はあっという間に軌道に乗った。

社員も増えDの報酬も上がった。

先日も倉庫を買いたいから

ローカルの銀行から借り入れをしたいと相談があった。

この10年間Dとはよく飲んだ。

もう100回以上は飲んでると思う。

飲めば飲むほどDは日本人ぽくなってきて

今は全く外国人と接している気がしないんだが

それは私がアジア人になってしまったのもあるのだろうか。

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2005年6月15日 (水)

東京都民銀行

東京都民銀行から融資を受けた。

3000万円無担保2年変動金利で年利2.5%。

都民銀行はベンチャーや中小企業への

貸し出しに力を入れている銀行だ。

担当者も経営内容の把握の訓練をうけているのか

同じ時間説明して同じ資料を出しているにもかかわらず

都市銀行の担当よりはるかに当社の内容を理解してくれる。

ペイオフ解禁され今後郵政民営化されるとなると

集まった資金は需要のあるベンチャー・中小企業に

どんどん融資されるべきだと思う。

それが都市銀行は方程式に基づいた格付けでしか評価してこない

こちらの戦略とかやる気とか関係なくてあくまで決算の数字

メガバンクって大きくなっただけでやり方はよけいに悪くなった気がする。

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商法改正

4月から地元の某社団法人の青年部会長を引き受けることになった。

第1回の勉強会ということで

大学のバンドの先輩で今会社の顧問になってもらっている

公認会計士のF先生に講演をしてもらった。

演題は”今後予定されている商法改正について”

まだはっきりしたことが決まっていないためか

あまり話題になっていないが

今後かなり大幅な改正が予定されているそうだ。

有限会社がなくなり

資本金の最低額がなくなり

取締役会を設置しなくてもよくなる。

極端な例では資本金1円で株式会社を登記して

出資者本人一人が取締役になって経営することが可能になる。

ベンチャー企業は設立のハードルがかなり低くなるという話だった。

今の時代のスピードでは

大企業よりベンチャー企業の方が有利な場合もあると思う。

実際に即決即断でやらないと遅いということも多々ある。

あとはお金の調達が問題です。

華僑のシステムというのはその点よく出来ていて

成功したおじさんたちが

やる気があって才能がある若者に

みんなで出し合って億円単位のお金をポンと出資する。

日本も変わりつつはあると思うが

ベンチャー企業が資金調達できる場がもっともっと欲しい。

肉体労働してやっと貯めた資金を元手にというのは

もう遅いんですよ。

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2005年6月11日 (土)

マレーシアの販売会社

05-02-16_12-08

マレーシアの販売会社 の責任者F。

Fと私は彼がまだ日本の大学の

四年生の時に初めて会った。

私はマレーシアに販売会社を作りたいと思っていて

日本で人材を探していた。

Fには営業の資質があると思ったので

一緒にやらないかと誘った。

Fは最初興味を持ってくれたが日本にいるうちに

マレーシアの松下関連の会社の内定が決まり

”やっぱり松下に行きますのですいません”と連絡があった。

当時のマハティールのルックイースト政策で

日本には国費できているマレーシア留学生がたくさんいた。

Fも父親が教師で学校の成績が良かったための国費留学だった。

そういう人たちはエリートであるから松下のような大企業に

入ってしまうのはしょうがないのかなと思った。

いい人材が見つからないまま1年が過ぎようとしていたころ

Fからメールがきた。”一緒にやりたいんです”

私はすぐKL(クアラルンプール)に飛んだ。

話を聞くと松下には日本語が話せる優秀なマレー人がたくさんいて

その中で出世するのも先が見えてしまったということだった。

”松下をやめて自分の力を試してみたい”ということだった。

その場で会社をスタートすることが決まった。

Fはエリートであるから自分の能力に自信があるようで

他人の話はあまり聞かなかった。

物を売るのはそんなに易しいことではないとだけ忠告しておいた。

それから私も忙しいなかあまり面倒を見ることが出来なかった。

それから2年会社は赤字だった。

去年Fの父親が亡くなった。

その時の彼のメール

***************************************************
お父さんのことが思い出したら自分が本当に悲しいです。
日本から帰って2年半ですがいつも忙しくて住む所も離れてて
今までにお父さんに何もやってあげられませんでした。
本当に役に立てない息子だと思います。
もう遅いだと思いました。
これからがお母さんに大事にしたいと思います。
最初は私が営業マンになるのはあまり好きじゃないみたいですが
いつも会社の進みが見てくれると思います。
いつも心配してくれました。
お父さんもうなくても頑張って彼に証拠したいと思います。
きっと天から嬉しいと思います。
***************************************************

3年赤字なら会社をクローズすると引導は渡しておいた。

今年の2月にKLに行くと

Fの車に缶ジュースがたくさん積んであった。

これは何かと聞くと

現場の人たちは熱いなか働いているので

サービスで差し入れしているのだという

私はFが少し変わってきたかなと感じた。

先日Fからメールがきた。

大口の取引を決めたと言う。

今年の黒字も見えてくるような大きな商売だった。

Fもうれしいだろうが私もうれしかった。

やはり会社は人材だと思う。

放って置いてもやる人間はやる。

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2005年6月10日 (金)

佐賀県工業技術センター

  05-06-08_12-06

当社の技術顧問のSさんとIさんと
佐賀県工業技術センターに行った。
http://www.saga-itc.go.jp/
SさんもIさんも中国の大学の客員教授で
原料の中国生産プロジェクトに協力してもらっている。

佐賀県工業技術センターは
最先端の分析機器など高価な装置が
ずらりと並んでいる。
しかも使用料が安い。
県外からの依頼分析も時間があるときは
受けてくれるそうだ。

中小企業ではとても購入できない装置を
こうした機関をうまく利用すれば
大企業に負けない開発も可能だと思う。

夜佐賀で3人で飲む。
SさんもIさんも50代後半だが
良く飲み、よく食べ、よく歌う。
2人とも日本のトップクラスの技術者だったが
自分の研究開発した事業が縮小したりしたため
報酬が激減することを省みず
中国で研究することに第2の人生を求めている。
こうした優秀な人材が海外に流出してしまうことが
今の日本の大きな問題だと思う。

もっとも私はここ10年くらい
日本のためになんてことは全然考えなくなった。
顔も文化も似ているアジア
アジアにために何かやりたい
それだけです。

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新銀行東京

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東京都がはじめた銀行
新銀行東京から電話がきた。
新しく近くに支店ができるので
融資をうけないかという
無担保で5000万までの融資が
可能らしい。

最近の都市銀行の融資は
金利が上げられるものなら
上げられるだけ上げてやろう
という思惑が見え見えで
いやな感じがしていた。

金利も政府系金融機関2%と

都市銀行3%の間ぐらいの金利がでれば
メリットがあると思い 申し込んでみた。

揃える書類が多いのと
申込書を書くのが結構大変だった。

担当者に会った感触は
結構良かった。
結果は6月末には分る予定。

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はじめまして

はじめまして
gesonと申します

中小企業の2代目です

色々と経営が難しい現在
何らかの情報発信ができればと思っております

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