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2008年3月

2008年3月 8日 (土)

19年度決算

19年度の決算が出た

売上32億円(8億の減)

:これは前期もあった10億の設備

(3年計画)が今期にずれ込んだため

経常利益9千8百万円(2千2百万の増)

:消耗品中心なので利益率は上がった

そのうち為替差益が4千2百万円

:円安と日米金利差とNDF人民元スワップのため

為替で利益出してる部分が大きいので配当はなし

まずまずの決算だった。

今期はずれ込んだ設備が計20億円あるので

今期売上は50億円は越えるだろう。

利益で伊万里に倉庫と工場を計画しよう。

亡くなった姉と義兄の墓参りをした。

姉と義兄の力があって今の佐賀工場が始まっている。

みんな実はつながっているんだ。

僕もなにかにつなげていくんだ。

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3月3日-6日 バンコク

バンコクへ

顧客周りして値上げのお願い。

環境が幸いしてスムースにいく

むしろ占有率が上がってこちらに多く

注文がきている感じ

本当に物がタイトになっている。

インドネシア・マレーシアの販売会社に

供給してもらっているメーカーの社長と会食。

お互い社長のストレスを共有している身。

とことん飲んで大さわぎする。

Image132 余談だがバンコクで見かけた

あきらかにモデルがいっちゃってる

日本料理やのカンバン・・・

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2008年3月 2日 (日)

2月27日~28日 佐賀工場

今の工場長に対する不満が聞こえてきていた。

工場も規模が拡大し人間も増えてきているので

いろいろと難しくなっているとは思う。

今の工場長に自分も100%満足しているわけではないが

佐賀工場の立ち上げからのメンバーで功績もある。

リーダーを集めて

自分から見て今の工場長より優れた人間は見当たらないし、

下から上を批判するのは簡単だが

上は上で大変なんだから、

文句を言う前に協力して解決するように言う。

中国からの商品の急増に対して

倉庫と加工工場を新たに建設する検討に入る。

利益が出てくれば出たで色々やりたいことが出てくる。

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2月17日~21日 大連・鄭州

顧問のIさんと大連で合流。

大連も同様に値上げの話。

3年間かけてようやく品質的に売れるようになったと思ったら。

値上げを言ってきた。

原料の値段も上がっているんだが、

それにしては上げ幅が多いのは、

品質が向上したので中国国内に高く売れるようになったので、

高飛車にでているようだ。

今まで援助してきた経緯確認して

以前にでた見積もりをベースに動いているんだから

そんな値上げしたら日本では売れないと粘り強く交渉する。

大学が経営している会社なので

原価計算もいい加減でうれれば高く売るぐらいの感覚しかない。

日本のマーケットの状況も知らず

たまたま高く中国国内で売れた価格が通ると思ってる。

お互い疲れていったん交渉をやめて

後日Iさんに再交渉してもらうことにする。

翌日鄭州の工場へ

来年から日本の本社で働いてもらうXさんと合流

(在留許可は下りた)

鄭州の製品もだんだん品質は向上してきてもう少しのところ

(このもう少しが難しいと思うが)

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2月3日~6日 中国メーカー来日

中国メーカーが急に強硬な値上げを言ってきた。

30%を超える大幅な値上げで

今後はその価格でないと出せないという。

背景には中国政府の資源保護政策がある。

資源を沢山使う鉱山・業界に圧力をかけて

中小のメーカーは閉鎖してしまった。

結果供給がタイトになったところに、

大雪と旧正月前が重なり相場が急騰したのだ。

かといって月に数千万円買っていただいてる日本の顧客に、

来月から値上げですといって通る話ではない。

旧正月前に中国メーカーを日本に呼んだ。

日本の商習慣を説明しそんな大幅な値上げは

急には難しいことを説明するが

相手は頑として聞き入れない。

では主要な顧客を回って状況を説明して

値上げのお願いをしようということになった。

顧客にとっては月1千万円を超える値上げになるのだから当然怒る。

供給量だけは必ず保障すると約束してなんとか場を収める。

再度価格を検討して見積もりとなる。

このままでは顧客を失うことになるので

値上げ幅を小さくするよう交渉するが

これも頑として聞き入れない。

夜は通常なら中国メーカーと会食するところだが、

お互いに疲れきってやめようということになる。

日本サイドのコストをつめて、

円高を考慮に入れてようやく少しの利益がでる計算になる。

社内の会議を開き、

このビジネスをやるかやらないかの話になる。

これまで拡販して来たのだから

利益は低くなっても続けて

量をさらに拡販しようということで落ち着いた。

今までは品質が同等で価格が安いということで拡販した商品が、

供給がタイトになれば安定供給を盾に値段を上げてくる。

中国とのビジネスは一筋縄ではいかないと

思い知らされた一件だった。

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