« 2007年12月 | トップページ | 2008年3月 »

2008年1月

2008年1月28日 (月)

インドネシア再出発

ジャカルタから更新

責任者(現地Director)をDからGに変えて

インドネシアの現地法人が新たなスタートを切る。

公証人が会社に来て書類を作成した。

DとGと私がサインしてDirectorの変更と

Dの株の名義変更(3億5千万ルピアで日本の子会社が買い取り)。

このための日本サイドでの準備書類もなかなか大変で

日本公証役場で日本の会社の役員がサインをした議事録(英文)を

在日インドネシア大使館で認証してもらう必要があった。

販売会社営業も某財団法人の帰国研修正(日本語検定3級)を2名採用した。

Image003

営業向きな青年たちであった。(左写真)

製造会社は働かない社員を4名整理した。

退職保障を2年分要求してきたが(10年働くと法律上そうなるそうだ)。

交渉の上5か月分払うことで合意した。

今後はまた優秀なエンジニアを補充していく予定。

やっぱり今回思うのは

会社というのはトップ次第で全然変わってしまうということ。

会社を立ち上げたDに遠慮もあり

あまり細かいことは言わなかったが

Dのワンマンでやっていた弊害が沢山あったようだ。

Gはすべてオープンでやると社員に宣言し

社内の雰囲気も変わったように思う。

私もお目付け役として

優秀な人間は残ってもらって給料もたくさん払うが。

働かない人間には断固やめてもらうと宣言する。

日本人としてはあたりまえのことだが

インドネシアではそこから確認していかなければならないようだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

1月23日-24日佐賀

新年賀詞交歓会を数こなして佐賀工場へ

去年母親が亡くなり

その相続の申告や相続税の調達の準備も忙しかった。

去年父親の相続税をようやく払い終わったら

今度はまた母親の相続税を背負うことになった

人生なかなか甘やかしてくれないように出来てるようだ。

工場は忙しい部門に派遣社員を入れようとしているが

派遣社員が集まらず残業で対応していたが

その部部門の残業が月100時間を越えてしまった。

これは労働基準監督署の指導基準になるので

緊急に是正しなければならない。

それに一部の部門が残業をしていると

他の部門も残業が増えたり

残業による賃金のアンバランスに不平が出たりしていた。

そこでメインの部門は残業を不可にして

忙しい部門を交代で手伝う形にした。

変動が多い部門なので正社員は取りにくく悩ましい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2007年12月 | トップページ | 2008年3月 »