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2005年8月23日 (火)

恥は地球を救う

この時期24時間テレビでおなじみの

愛は地球を救うというキャッチフレーズを耳にするけれど、

愛は本当に地球を救うんだろうか。

愛の根っこはエゴイズムだ。

だけどそれが拡大されてエゴに終わらないところが

愛のダイナミズムなわけだが、

根っこがエゴだけに、いざ自分の身に危害が加わる時には、

エゴに戻ってしまいがちだ。

最近のモラルが低下し、ナショナリズムが台頭し、

テロが頻発する社会では、

”恥”の感覚こそが世界を救う抑止力になりうるのではないかと思っている。

恥ずかしいという感情は個人が集団に向けて行動を起こす際に

現れる最初の大きなハードルであるし、

恥の感覚の基準は文化に影響され違いが生じてしまうものの

多数の感覚が支配的になる特徴がある。

つまりヌーディスト村にいけば裸でいるのも恥ずかしくないけど、

皆が水着で入っているスパに1人で裸ではいるのは恥ずかしい。

そして恥の感情には糾弾する力もあり、

恥ずかしい行為をした人に対して

皆が”恥ずかしいなこの人”と思った感情がその人に伝わり

恥ずかしくないと思っていた感情が揺らいで

その行為をした人を恥ずかしくさせることができる。

しかし気をつけないといけないのは恥の感覚には麻痺ということもあり、

恥ずかしいと最初は抵抗感があったものを、

1度飛び越えてやってしまうと

自分の行為を正当化する防御本能が働き

恥ずかしくなくなってしまうという側面がある。

最近の日本のテレビは恥ずかしくてあまり見なくなってしまった。

今の国内外の政治家を見ても恥ずかしい人がたくさんいる。

よくこんなことを言って恥ずかしくないなとあきれることが多々有る。

愛国無罪のようなナショナリズムの愛は恥ずかしいと思うし。

今の豊かな日本で自国の国益を最優先するというのもなんか恥ずかしい。

日本には江戸時代には武士道があり

武士は食わねど高楊枝に代表されるような

恥をきらう文化があったはずだ。

ただそれが”美”という自己愛に流れがちなのは要注意だ、

自爆テロも彼らなりの美なんだろうが

美というのは今や自分的にはうさんくさくて恥ずかしい。

(もちろん本当の美はあるとおもいますが、

まがいものが多いと言うことです。)

恥ずかしいと思ったときその感情を大事にしよう。

恥ずかしいけどやってしまおうと思ったときはよく考えよう。

そして恥ずかしいことをしている人には

じっと恥ずかしい光線をあびせよう。

それが世界を救う第一歩になるかもしれない。

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