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2005年7月20日 (水)

心のハードル

電車内での些細ないざこざが殺人に発展したり
学校内で殺傷事件がおきたり
弱者(女性、子供)に対する無差別殺人など
今まで日本で起こらなかったような事件が起きている

このような事件を防ぐために
法律を厳しくするとか
警備を厳しくするとかで対応しているんだろうが
それで防げることには限界があると思う

人間の心の深層には誰にも
時や場所を選ばない攻撃性や
弱者に対する無差別な攻撃性の
衝動が潜んでいるわけで
それはふだん自我やモラルや道徳などの
ハードルに封じこめられていて
なかなか飛び超えられないようになっているのだけれど
しかし最近の事件のように
心のハードルが低くなってしまう現象には
どう対応したらいいのだろうか

風紀が乱れた時
歴史的には宗教を用いるというのが常套手段だ
毎日行う行動(儀式)によって
人間の感情は作られるからだ
ただ今の日本で宗教を強制するというのは
まず不可能だと思う

でも昔の日本にはあたかも宗教のように
皆に信じられていた価値観というものが
あったように思う

悪いことするといつかばちが当たるとか
うそをつくと閻魔様に舌を抜かれるとか
良いことをすればおてんとう様は見守っているとか
働かざるもの食うべからずとか

それが表面的に個人主義を輸入して
合理主義をめざしたものだから
今やみんな無くなってしまった

モラルというものが難しいのは
自分一人で守っていくのは非常に大変であって
皆が共同して守ろうと努力するから守られるもので
少数でも破る人がいると
守らない方にに引きずられてしまう

本当に皆が安全な社会を暮らしたいと思うのであれば
自由やプライバシーを
ある程度は犠牲にしても
これだけは日本人として守ろうというモラルを
大多数のコンセンサスを得た上で
実践していくことが必要だと思うが
それを決定して実際に運用していくのは
なかなか難しい
人間せっぱつまらないと
一度手に入れた自由やプライバシーを
犠牲にはしないからだ

ただどんな環境におかれても
心のハードルの高い子供を育てることは
可能ではないだろうか

まず幼少期に愛をいっぱい受けて育つこと
そして少年期に統一感をもった道徳教育をすること
その道徳教育は言ってしまえば何でも良いのだが
ただ自分がその価値を信じていないことは
いくら口先で言っても子供には伝わらないものだ
自分自身が信じていて実践していることを
子供に伝えてあげよう
それはに科学的根拠など不要なのだ
それがその家の宗教になるわけだから

昔おじいちゃんおばあちゃんから言われて
自分の心に残っていること
思い出してみよう

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