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2005年6月

2005年6月30日 (木)

料亭取材

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地元の某社団法人の広報員会でHPを作っている。

アクセス数を増やすのと地元活性化をしようということで

地元に江戸時代から残る料亭街があるので

そこを2ヶ月に1件ぐらいで順番に取材して掲載していくという企画を

飲み仲間のO先輩とやっている。

私はカメラマン(Eos kiss デジ)と司会進行役。

今回取材の料亭Sは変化する時代に合わせて

料亭も変わっていかなくてはならないと女将の考えで

ハトバスのツアーや旅行社の団体のお客も受け入れている。

いつまでも敷居の高い一見さんお断りの世界ではなく

もっと広く料亭の世界を知って欲しいという考えだ。

芸妓さんも昔の芸者のイメージとは全然違ってきていて。

本当に伝統文化に興味があって

歌や踊りやお囃子を覚えたいという子が増えているという。

この料亭街には見番と呼ばれる芸妓組合があり

芸事はここで教えてくれる。

お値段的には芸妓さんが2人に1人ついて歌と踊りを入れて

一人3万円からの予算でやってくれる料亭も有る。

接待で外で食事をして2次会でクラブへいくのと

そう変わらないコストで江戸文化に触れることができると思えば

コストパフォーマンスは良いと思う。

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2005年6月28日 (火)

JETRO

JETROライブラリーに日本からタイに輸出した場合の関税を調べに行った。

海外に営業所を作るたびにその国の関税をJETROに調べに行っている。

関税を払わずに保税倉庫を使うか・関税を払って普通の倉庫を使うか

どちらがコストが安いかシュミレーションするのに必要なので。

JETROの東京本部はアークヒルズに移転していて広くキレイになっていた。

実行関税率表で調べたいアイテムのHS-CODE(国際統一コード)を調べ

こんどはHS-CODEからその国の関税を調べるわけだが

タイは関税の変更が頻繁に行われているようだ。

2004年に大幅な引き下げがあり

通常の倉庫で関税を払った方が安上がりの感じ。

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中小企業金融公庫

中小企業金融公庫から融資を受けた。

中小公庫は基本的には担保主義で

担保の分だけ貸してくれる形だが

金利が固定で安いので中小企業としては大変助かる存在。

ただバブル以降東京の地価は下落を続けているので

返済が進んだ部分の折り返しの融資を受けようとすると

担保割れして折り返せないという場合があるわけだけど

現在は移行措置として担保割れの部分は金利を上乗せして

ある程度融資をしてくれる場合がある。

今回は 金利5年固定で 担保部分1.45% 担保割れ部分3%

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2005年6月27日 (月)

S社株主総会

取引先のS社の株主総会で長野へ日帰り出張。

S社の株主総会は私が社長になってから9年間

毎回出席して必ず質問をするようにしている。

9年前は”異議なし””異議なし”の内輪の株主の連呼の中、

質問をするとなんか奇異の目で見られたものだが

今回は違和感の無い中ちゃんと質問でき

きっちりとした回答もいただけた。

日本でもライブドア騒動もあり

グローバル化していくマーケットの中で

株主説明責任の考えが広まってきているのかもしれない。

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2005年6月24日 (金)

新銀行東京その後

融資の申し込みをした新銀行東京から回答がきた

とんでもなく高い金利で年利が

期間1年7.3%・2年8.3%・3年11%だそうだ

インドネシア並じゃないか

当然借りるのは断った

申込書を書くの結構大変だったんだよな

疲れた

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バンコクで面接

05-06-21_13-37 新しく立ち上げるタイの販売会社のために

知り合いの会社に英語を話せる事務員で

良い人がいたら紹介をして欲しいと頼んであった。

適当な人がいると連絡があったのですぐバンコクに行き

女子事務員の面接をしてきた。

とてもまじめな良い子で給与面の交渉はあったものの

その場で採用が決定し7月中旬より働いてもらえるようになった。

そもそもこの話は今年始めタイを出張で担当していた

日本の本社の営業が退職してしまった時に

代わりに誰かを日本から出張で行かせることも考えたのだけれど

どうせなら腰を据えて現地に販売会社を作りたいと思い

いろいろな人を頼って調べているうちに

なにか不思議な力に導かれるようにトントンと話が進んで

事務所は間借りできるようになり

色々な設立上の問題点もクリアでき

今回すんなりと人も決まってしまった。

秋ごろには会社設立が出来ると思う。

うまくいくときは本当に神様がセッティングしてくれたように

すべてのタイミングがかみ合ってくるようだ。

逆にうまく行かない時の場合は

いくら頑張ってもタイミングが合わなくて

私はそういう時は縁が無かったんだと

あきらめてしまうことが多い。

とりあえず輸入・デリバリー・回収をする最低限の機能だが

将来的に日本語を話せるタイ人の営業をゆっくり選んでいきたいと思う。

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2005年6月18日 (土)

インドネシアの販売会社

05-02-16_12-10 インドネシアの販売会社の責任者のD

Dとの付き合いはもう10年になる。

Dは某財団法人が

日本の企業に派遣した研修生だった。

このシステムはインドネシア人にとっては

ビジネスチャンスになっているので

私は応援しているので誤解されると困るが、

研修生とは言うものの実際の受け入れ側の

日本企業では人材不足の建築業などに

労働力として使われることがままある。

それでも派遣される研修生は優秀なインドネシアの学卒を

選んで送り込んでいるのだから

どんな環境でも勉強する人間は勉強するわけで、

Dも2年間建築現場で働きながら日本語を覚えたという。

私は当時インドネシアに製造会社を立ち上げていて

日本から派遣する技術者の通訳を探していた。

財団法人の研修正が帰国してその足で開かれる面接会場で

Dに始めて会った。

一応面接なので髪もきちんと切った子が多い中で

Dは肩まで髪をのばしていて

2年間の在日とは思えないほど日本語が上手だった。

なぜ髪をのばしているか聞くと

日本はトコヤが高いので伸ばしたが

仕事が始まればすぐ切りますと悪びれずにいった。

私はおもしろい男だなと思いその場で採用し

インドネシア人の従業員第1号になった。

製造会社は当初インドネシアの華僑と合弁ではじめたので

(その後通貨危機もあり100%買い取った)

会社のマネージメントはその華僑が担当した。

ローカルのインドネシア人と華僑の間には日本人にはわからない壁がある。

ご他聞にもれずその華僑と優秀なインドネシア人Dは仲が悪かった。

ある日Dが華僑にいろいろな嫌がらせをされるので耐えられない

会社を辞めさせてほしいと言ってきた。

私はDはかけがえのない人材だと思っていたので

将来販売会社を作るのでもう少し我慢してくれと引き止めた。

そうして日本人の技術者が帰国したあと

販売会社を作ってDを引き抜いた。

華僑のマネージャーは散々いじめていたくせに

優秀な人材を引き抜かれては困ると文句を言った。

販売会社が立ち上がるかどうかは半信半疑だった。

私も海外で販売会社を作るのは初めてだったし

Dも営業は初めての経験だった。

日系企業を回ったが半年間注文は無かった。

初めて2人で1万円の注文を取り

喜び合ったことは今でも忘れられない。

その後インドネシアの経済の復調

特にオートバイ産業の拡大に助けられ

会社はあっという間に軌道に乗った。

社員も増えDの報酬も上がった。

先日も倉庫を買いたいから

ローカルの銀行から借り入れをしたいと相談があった。

この10年間Dとはよく飲んだ。

もう100回以上は飲んでると思う。

飲めば飲むほどDは日本人ぽくなってきて

今は全く外国人と接している気がしないんだが

それは私がアジア人になってしまったのもあるのだろうか。

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2005年6月17日 (金)

Vodafone

Vodafoneの3Gを使っています。

海外(アジア)でめちゃくちゃ便利だからです。

パソコンのメールを携帯に転送しているのですが

メールの最初の部分を読むのはタダです。

これが海外でもタダです。

全文読むのは料金がかかるのですが

大体最初の部分でメールの内容はわかってしまうし

海外からメール送信ができない場合も多いんですが

緊急の場合はローミングで国際電話をすれば済みます。

Vodafoneにしてから重いパソコンを持ち歩くことから開放されました。

アジアのGSMのエリア(ほとんどの地域をカバー)で使えます。

国内で圏外が多くたって

サーバーのメールを消去するのが面倒であっても

私はVodafoneの味方です。

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2005年6月15日 (水)

東京都民銀行

東京都民銀行から融資を受けた。

3000万円無担保2年変動金利で年利2.5%。

都民銀行はベンチャーや中小企業への

貸し出しに力を入れている銀行だ。

担当者も経営内容の把握の訓練をうけているのか

同じ時間説明して同じ資料を出しているにもかかわらず

都市銀行の担当よりはるかに当社の内容を理解してくれる。

ペイオフ解禁され今後郵政民営化されるとなると

集まった資金は需要のあるベンチャー・中小企業に

どんどん融資されるべきだと思う。

それが都市銀行は方程式に基づいた格付けでしか評価してこない

こちらの戦略とかやる気とか関係なくてあくまで決算の数字

メガバンクって大きくなっただけでやり方はよけいに悪くなった気がする。

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商法改正

4月から地元の某社団法人の青年部会長を引き受けることになった。

第1回の勉強会ということで

大学のバンドの先輩で今会社の顧問になってもらっている

公認会計士のF先生に講演をしてもらった。

演題は”今後予定されている商法改正について”

まだはっきりしたことが決まっていないためか

あまり話題になっていないが

今後かなり大幅な改正が予定されているそうだ。

有限会社がなくなり

資本金の最低額がなくなり

取締役会を設置しなくてもよくなる。

極端な例では資本金1円で株式会社を登記して

出資者本人一人が取締役になって経営することが可能になる。

ベンチャー企業は設立のハードルがかなり低くなるという話だった。

今の時代のスピードでは

大企業よりベンチャー企業の方が有利な場合もあると思う。

実際に即決即断でやらないと遅いということも多々ある。

あとはお金の調達が問題です。

華僑のシステムというのはその点よく出来ていて

成功したおじさんたちが

やる気があって才能がある若者に

みんなで出し合って億円単位のお金をポンと出資する。

日本も変わりつつはあると思うが

ベンチャー企業が資金調達できる場がもっともっと欲しい。

肉体労働してやっと貯めた資金を元手にというのは

もう遅いんですよ。

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2005年6月11日 (土)

マレーシアの販売会社

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マレーシアの販売会社 の責任者F。

Fと私は彼がまだ日本の大学の

四年生の時に初めて会った。

私はマレーシアに販売会社を作りたいと思っていて

日本で人材を探していた。

Fには営業の資質があると思ったので

一緒にやらないかと誘った。

Fは最初興味を持ってくれたが日本にいるうちに

マレーシアの松下関連の会社の内定が決まり

”やっぱり松下に行きますのですいません”と連絡があった。

当時のマハティールのルックイースト政策で

日本には国費できているマレーシア留学生がたくさんいた。

Fも父親が教師で学校の成績が良かったための国費留学だった。

そういう人たちはエリートであるから松下のような大企業に

入ってしまうのはしょうがないのかなと思った。

いい人材が見つからないまま1年が過ぎようとしていたころ

Fからメールがきた。”一緒にやりたいんです”

私はすぐKL(クアラルンプール)に飛んだ。

話を聞くと松下には日本語が話せる優秀なマレー人がたくさんいて

その中で出世するのも先が見えてしまったということだった。

”松下をやめて自分の力を試してみたい”ということだった。

その場で会社をスタートすることが決まった。

Fはエリートであるから自分の能力に自信があるようで

他人の話はあまり聞かなかった。

物を売るのはそんなに易しいことではないとだけ忠告しておいた。

それから私も忙しいなかあまり面倒を見ることが出来なかった。

それから2年会社は赤字だった。

去年Fの父親が亡くなった。

その時の彼のメール

***************************************************
お父さんのことが思い出したら自分が本当に悲しいです。
日本から帰って2年半ですがいつも忙しくて住む所も離れてて
今までにお父さんに何もやってあげられませんでした。
本当に役に立てない息子だと思います。
もう遅いだと思いました。
これからがお母さんに大事にしたいと思います。
最初は私が営業マンになるのはあまり好きじゃないみたいですが
いつも会社の進みが見てくれると思います。
いつも心配してくれました。
お父さんもうなくても頑張って彼に証拠したいと思います。
きっと天から嬉しいと思います。
***************************************************

3年赤字なら会社をクローズすると引導は渡しておいた。

今年の2月にKLに行くと

Fの車に缶ジュースがたくさん積んであった。

これは何かと聞くと

現場の人たちは熱いなか働いているので

サービスで差し入れしているのだという

私はFが少し変わってきたかなと感じた。

先日Fからメールがきた。

大口の取引を決めたと言う。

今年の黒字も見えてくるような大きな商売だった。

Fもうれしいだろうが私もうれしかった。

やはり会社は人材だと思う。

放って置いてもやる人間はやる。

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2005年6月10日 (金)

佐賀県工業技術センター

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当社の技術顧問のSさんとIさんと
佐賀県工業技術センターに行った。
http://www.saga-itc.go.jp/
SさんもIさんも中国の大学の客員教授で
原料の中国生産プロジェクトに協力してもらっている。

佐賀県工業技術センターは
最先端の分析機器など高価な装置が
ずらりと並んでいる。
しかも使用料が安い。
県外からの依頼分析も時間があるときは
受けてくれるそうだ。

中小企業ではとても購入できない装置を
こうした機関をうまく利用すれば
大企業に負けない開発も可能だと思う。

夜佐賀で3人で飲む。
SさんもIさんも50代後半だが
良く飲み、よく食べ、よく歌う。
2人とも日本のトップクラスの技術者だったが
自分の研究開発した事業が縮小したりしたため
報酬が激減することを省みず
中国で研究することに第2の人生を求めている。
こうした優秀な人材が海外に流出してしまうことが
今の日本の大きな問題だと思う。

もっとも私はここ10年くらい
日本のためになんてことは全然考えなくなった。
顔も文化も似ているアジア
アジアにために何かやりたい
それだけです。

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新銀行東京

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東京都がはじめた銀行
新銀行東京から電話がきた。
新しく近くに支店ができるので
融資をうけないかという
無担保で5000万までの融資が
可能らしい。

最近の都市銀行の融資は
金利が上げられるものなら
上げられるだけ上げてやろう
という思惑が見え見えで
いやな感じがしていた。

金利も政府系金融機関2%と

都市銀行3%の間ぐらいの金利がでれば
メリットがあると思い 申し込んでみた。

揃える書類が多いのと
申込書を書くのが結構大変だった。

担当者に会った感触は
結構良かった。
結果は6月末には分る予定。

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はじめまして

はじめまして
gesonと申します

中小企業の2代目です

色々と経営が難しい現在
何らかの情報発信ができればと思っております

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